「土門、遅い!」
到着するなり頬を膨らませた一之瀬に遭遇して、土門は困った顔をした。
少し眉尻が下がるこの表情が、実は一之瀬はとても好きだ。
お調子者に見せているが、本当はとても人の好い土門の人柄が、笑顔の次によく表れているような気がするから。
だから、こんな顔をさせたくてついつい言わなくてもいい我儘を言ってしまうこともある。
「悪い、ちょっと先生の手伝いしてたらさ」
「今日は練習もないし二人で遊ぼうって前から約束してたのに」
恨みがましく言うと、眉尻がさらに下がる。
大会の合間、普段酷使してばかりの体にきちんとした休養も必要だというマネージャーたちの強い配慮で、今日は自主練すら禁止されるという珍しいオフの日なのだった。
ついつい時間があればボールを蹴ってしまう自分達だけれど、秋にも休むようにしっかり念押しされてしまったものだから、おとなしくボールは諦めようということになった。
だから、久しぶりに二人だけで遊びに行こうと約束をしたのが昨日のこと。
毎日一緒だとはいえ、仲間たちみんなでわいわい騒いでいることが多いから、まとまった時間を二人で過ごすことは少ないのが現状だ。
そう、平日の下校後だけの時間とはいえ、二人だけでというのは本当に久しぶりなのだ。
だから、一之瀬は今日という日をそれは楽しみにしていて、土門だって、それなりに見えた。
どうせなら雰囲気を出そうと、いつもなら一緒の下校をわざわざ別々にして、駅前を待ち合わせ場所にした。
そんなことしなくてもいいんじゃないかと土門は言ったけれど、結局は一之瀬の希望を聞いてくれた。
楽しみだねと言えば、あーはいはい楽しみだな、と軽い調子で返されたけれど、その実土門だってとても楽しみにしているのが一之瀬にはわかった。
そんなの、見ていればわかる。
だってブランクはあれども長い付き合いだ。
それなのに、待ち合わせの場所に土門は待っても待っても現れず、やがて姿を見せたのは約束の時刻から随分過ぎた頃だった。
「悪かったって。荷物運び手伝ったらなんかそのまま片付けまでなりゆきで……学校出るの遅くなっちゃってさ」
言葉の通りが真実なのだろうと思う。
土門だって慌ててこちらに向かってきただろうことは、息を切らした様子から見て取れる。
決して一之瀬を後回しにしたわけではなく、お人好しなところを発揮して、仲の好い先生に親切を施してきただけだろう。
荷物運びを手伝ったというのが嘘でも言い訳でもないことなど、よくわかっている。
わかった上で、
「言い訳なんかいらない」
一之瀬は膨れた振りをする。
そんなに怒るなよ、と困った素振りの土門を横目に。
「悪かったって、なあ」
お前楽しみにしてたのに、ごめん。
真実、悪いと思っているのだろう。
真情が伝わってくる声音は、一之瀬の大好きな響き。
ちらりと顔を盗み見て、しょんぼりとした困り顔を目に入れて、うんと一人、一之瀬は頷いた。
別に本気で怒っているわけじゃない。
このくらいにしておかないと、こちらも引っ込みがつかなくなりそうだ。
それでもまあ、土門が遅刻をしてきたことは事実だ。
だったら、その埋め合わせ的な何かをもらうのは、別に自分勝手な我儘ではないだろう。
「……許してあげてもいいけど、」
「けど?」
その代わり、と、土門の腕をとる。
「一之瀬?」
ぐいと引っ張ると土門はよろめいて、その隙に一之瀬は自分の腕を絡めた。
ぶらさがらんばかりの勢いで絡み付きながら、長身の顔を見上げる。
目を白黒させた土門は、きっとまた人の目がとか公衆の面前でとか考えているのだろう。
彼はまったくもって常識人だから。
でも、そんなことは関係ないのだ。
「遅刻の埋め合わせ!」
「え?」
「遅れてきた分、いっぱいベタベタさせてもらうから!」
「えぇえちょっとお前、それはさ」
「駄目って言っても駄目! 土門は遅刻したんだから、今日は俺の言うこと聞いてもらうからね!」
びしりと指を突き付ければ、また困り顔。
しかし、それもしばらくすると呆れ顔と諦め顔になって、やがては一之瀬だけに向ける笑顔に変わることも知っている。
今日という日の残り時間は少ないけれど、思う存分楽しめそうだと一之瀬は微笑んだ。
2013.5.18
ことかたへお題は『許される境界線を飛び越えた/迷わず君を選んだ/言い訳する暇があるならもっと愛して』です。
shindanmaker.comより