喉が乾いたんだ。
昼下がりの静寂をゆるやかな靴音によって壊しながら進む。いつもは誰もいないから今日もそうだろうと思って来たのに先客がいたもんだから軽く驚いた。珍しい事もあるものだ。よく見ると見知った人物だったのでその背中に声をかけてみる。
「ごきげんよう枢木スザク。君もサボりかな?」
「え」
ゆるゆると顔を上げた枢木と目が合った。彼もまさか誰か人が来るなんて思っていなかったようで、目蓋を二回ほどしばたかせまじまじとこちらを見る。
「君は、同じクラスの…どうしてここに?」
「うん、それがさ、まず聞いてくれないか?裏庭を出てから廊下を渡ってここへ辿り着くまで誰とも擦れ違わない不思議。何故だろうね」
「…そりゃ授業中だからね。今は僕ら体育でしょ」
「じゃあそんな時間に校舎裏の水道場へ、昼寝に飽きて水を飲みに現れた者。さてそいつは何をしてるんでしょうか」
「…サボり、かな」
「と、いうわけです」
「……」
だが彼が自分のようにサボりでここにいる、だなどとは端から思っていない。編入してきてからまだ日の浅い彼ではあるが、軍人であるが故のその真面目な生活態度は学園中に知れているのだ。とすれば。
困ったように固まっている枢木の手元を見てみれば、その大きな手が掴んでいるのは学校指定のジャージ、それにくっきりと浮かぶ黒いペンキの大きな文字。そして極めつけに、こちらの視線に気付いた彼が苦笑いを浮かべるのだ。まったく嫌なところへ来てしまったな。
「"ブリタニアの犬"ねぇ…こりゃまた随分な」
「…いいんだ。こういうの慣れてるから」
「そういう気の使い方はウザい」
ズバリと言った言葉が意外だったらしい枢木は少し驚いたようだ。それにはあまり構わずに続ける。
「ねえ、君は今一人ぼっちだよな。でも何か平気そうに見える。寂しくはないの?」
「!えーと…平気に見えた?…でも、うん。そりゃ、寂しいかな」
「…ふぅん」
そして枢木は居心地悪そうに立ち尽くすものだからしばらく水の落ちる音ばかりがバシャバシャと続くので、全開にされたままだった蛇口を捻ってそれを止めてやった。
「出しっぱなしは良くないな。どうせそれはもう落ちないんだろう。限りある資源を無駄遣いしないように」
そして自分が着ているジャージを脱いで丸めて押し付ければ枢木はますます訳が分からないと言った顔をした。
「それを着ればいい。水は大切に!」
「え、えっ?」
「少し小さいけど着られなくはないだろうが。君みたいな体力お化けが体育をサボるとは重罪だぞ全世界の軟弱小僧共への謝罪の代わりに今すぐ授業に出てこい」
「でも、君は…」
「いいんだ、元々サボるつもりだったし。それよりこの軟弱小僧の怒りを買いたくなかったらさっさと行くことだね。あと学校で洗濯などしなくてもいいように私物はちゃんと管理したまえ」
「…ありがとう…でもどうして」
「――そうだな、ほんのちょっとだけ好ましいからかな。ほれ、さっさと行った行った」
「?うん」
寂しい、と素直に言えるのはいいね
一人になってしまっても、強がって孤独を振りかざす事をしないのがいい
一人では寂しい、と認めることができるのはある種の強さだ
(気に入っちゃった かな)
なかなか面白い男だった。
黒文字の踊るジャージと先程押し付けたジャージ両方とを抱えて走り去る背中を見送ると、水を飲むのもすっかり忘れたままその場から立ち去るのだった。
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多分ギアス連載はこんな感じ。本編のお相手はきっとルルーシュとスザク。何か妙な文体です。
息抜きのつもりがかなり長くなりました(笑)