続・KinKiと愛と妄想と
2014/09/30 04:35
:小説
〈ここにいるから〉前編
「光一さん。今ちょっと、宜しいですか?」
「うん。なに?」
最近俺に良く付いてくれている女性スタイリストが、遠慮がちに声を掛けてきた。
「…もしお時間あったら視て欲しいんです。ちょっと悩んでるんで…」
「…ああ…」
「大丈夫ですか?」
「…少しならいいよ」
「宜しくお願いします!」
「じゃ、ここに座ってくれる?」
「はい」
彼女は俺の差し出した座布団には座らず、畳に正座した。
俺は眼を閉じて眉間の辺りに意識を集中し、スイッチというべき部分を開く作業をする。
俺には、“ひとの人生が視える”能力がある。
もちろん、最初はただ“視える”だけで、こんなふうに、コントロールする事なんか出来なかった。
数年前、ある方々に出会ってお話しさせて頂いてから、徐々に、“視る”為のスイッチを自分でONにもOFFにも出来るようになってきた。
すると、俺が“視えるひと”だと聞きつけたスタッフなどが、時々「視て欲しい」と言ってくるようになった。
俺は正直迷って、あの方に相談したら、
『無理する必要は無いけれど、あなたが人の為にしたいと思う事をしたらいい。それが、あなたのこの世でのお務めの一つだから』
という助言をくださった。
だから俺は“視る”行為を、人の悩み事の“相談にのる”のだと考えてみる事にした。
それから色々とやっていくうちに、誰も彼もの人生が視える訳じゃない事に気付いた。
特に仕事に燃えている人は、あまり詳しく視えなかったりする。
彼女は…どうなのだろう?
暫くすると、まるで頭の中にモニターが現れたような感覚になり、彼女の周囲の環境や関わっている人間が、ヴィジョンとして流れてくる。
それを視ながら、その状態に馴れるまで少し待った。
「…どんな事を知りたいの?仕事?プライベート?」
2、3分すると漸く落ち着いてきたので、眼を開け、彼女に質問した。
「私、彼がいるんですけど…仕事のスケジュールが合わなくて、なかなか逢えなくなってきて…彼が、私に仕事を辞めるか転職してくれと…」
「なにそれ?君にそんな事言うたの?」
「どちらかが仕事を変えるなら、女のお前の方だって言われました」
なんやそいつ。
仕事は男とか女とか関係ないやろ。
「それで、君自身はどうしたいとかあるの?」
「…この仕事は続けたいけど…彼のことも好きなんで…どうしたらいいか…」
「そう…でもさ、あんまり自分を犠牲にすると、結局長続きしないんじゃないかな?…まあ、恋愛しとらん俺が、偉そうな事言うのもなんやけど」
「長続きしないでしょうか?…」
彼女と話しながらも、頭の中に、様々なヴィジョンが映画のように映し出されている俺には、彼女と彼らしき男との近い将来が視えている。
でも、それは…。
「君はこの仕事がどんどん好きになってるやろ?それを諦めて彼の所へ行くと…この先、もっと辛くなるんちゃうかな」
彼女にはそんな言葉で言ったけど、俺に視えたヴィジョンは、実は少しだけ違った。
スタイリストという仕事は、俺らの仕事にも言える事やけど、一見華やかに見えて相当キツい仕事だ。
仕事の依頼が増えて売れっ子になれば収入も安定するが、そうなるまでは生活も大変だと聞く。
それでも仕事を続けていけるのは、好きな気持ちが大きいからだろうし、きっと彼女も例外じゃない。
その仕事を恋人との時間の為に辞めるのは、かなり無理をする事になると思うから、そう言った。
ただそれ以外に…彼は、かなり気が短いのかも知れない。
俺には、暴力的な彼と泣いている彼女の姿が視えていた。
これはあかんやろ。
でも、好きな人のことを悪く言われるのは気分良くないだろうから、敢えて、仕事に対してのアドバイスという形にした。
「…でも…」
「彼は考えを変える気は無いと思うよ、多分…今まで自分の思い通りに生きてきたような人じゃないかな…だから、多少強引なところもあるし…」
「あ…そうです。すごい…彼の事まで視えるんですか?」
「いや…君が彼と付き合ってきた範囲で、俺が判断出来る事だけやけど…」
“視る”為には、そういう判断力も必要だ。
ただ視えた事を伝えるだけでは危険だからだ。
“ひとの人生を視る”というのは、とても重大な事で、決して軽い気持ちでやってはいけない。
他人の人生を、自分の言葉で左右する事になるかも知れないから。
もし俺が今精神的に未熟だったら、絶対にやらなかっただろう。
『あなたの将来はこうなるから、こうすべき』
と断言する事もしない。
あくまでも、最終的な判断は相手に委ねる事にしてる。
それは“逃げ”という訳じゃなくて、人間は本来、悩みながらも、経験や情報を正しく分析して行動する力があるはずだと思うから。
『運命に立ち向かい、自分の人生は自分で切り拓く』
そういう主義である俺のやり方でもあるけれど。
その後、彼女に少しだけアドバイスをして、最後に「自分の人生は大切に」とだけ言った。
彼女がどんな道を行くのか少し視えたけれど、もうその事は伝えなくてもいいかな。
「おはよ。お疲れさん」
「剛…おはよ。あ、ごめん、もしかして待たせてた?」
「いや、今来たとこ」
「ほんま?」
「うん」
楽屋に入ってきた剛は、柔らかく微笑んだ。
そしてバッグの中からパソコンと携帯を取り出すと、テーブルに置き、その前に座る。
「仕事?」
「ん〜。ちょっと家でやってて煮詰まってきてもうて…場所変えてみるかって、こっち持ってきたわ」
「そうか。お前も忙しそうやな」
「…光一。お前も忙しくて疲れとるやろに…人のこと視とって大丈夫なん?」
「大丈夫。そんな長くなかったし」
「そんならええけど。無理せんでな?」
「ん。お前もな」
心配そうな表情の剛に、俺が安心させるように笑いかけると、剛はまた優しい顔になった。
それからパソコンを立ち上げ、仕事を始めた。
俺達は、同じ楽屋に居ても思い思いの時間を過ごすことが多い。
俺が寝とる時が殆どってのもあるけど。
「…どした?」
「いや…」
俺は“視た”後の少しの倦怠感と闘いながら、ぼうっと剛を眺めてたらしい。
剛がちょっと笑いながら、こっちに視線を寄越した。
「まだ時間あるし、少し寝たらどうや?やっぱ、あれって疲れるんやろ?」
「うん。じゃ、そうしよっかな」
俺はころんと畳に寝そべって座布団を腹の上に乗せ、また剛を見た。
今日も個性的なファッションやな。
もう慣れたけど。
あ、ちょっと眠そう…?
夜遅くまで仕事してたんかな?
「どうしました、光一さん?そんなに見つめられたら照れるやろ?んふふ」
「あ…ごめん、邪魔やんな」
「そんな事ないで?ただ、なんか話したいんかなって」
「…別に…」
「そうか。お休み、こーちゃん。時間来たら起こしたるから」
「うん」
剛はパソコンに視線を戻した。
少し伏し目がちになって、ここからでも睫が長いのがわかる。
ぼんやり剛を眺めたまま、俺はいつの間にか寝入っていた。
つづく
b o o k m a r k
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