お昼寝日和

2012.5.5 Sat 13:53 :外伝
狐のお引越〜花芹〜

「何じゃ。我は神の使いなぞせぬぞっ。」

高橋稲荷の裏手、林の中で一匹の狐は叫んだ。

狐の名前はセリ。
何処から来たのか、いつぞや居ついたのかわらないが。
田舎の狐には珍しく、綺麗な銀の毛並み。つり上がった目元。
いつも美しく書かれた隈取り。
本土狐である里の者たちからはいつも羨ましがられ。

“その姿こそ神の使い”だとチヤホヤされていた。

本人はというと…。
神の使いだなんてとんでもない。
信仰心は無く。自由気儘。
跳ねっ返りのごとく我が儘で、里のばば様も手を妬くほどだった。

里での暮らしはそう悪くはない。
稲荷と言えばウカノミタマ様。
五柱を束ねる偉大なる主祭神であたたかな恵みを下さる方である。
そのお膝元の一つである土地にいて飢え死にもなければ争い事も無く。
それはそれは平和に暮らしていたのだった。

では何が不満なのか。

この里からは、毎年表に立派に構えてある高橋稲荷にて使いとして働く若い狐たちを出している。
条件はただ一つ。

“尻尾が二股以上に分かれている力ある狐であること”

この火の国は、恵み多き緑と清き水がたんまりとあり。
人々がのんびりと暮らす裏では、邪神や妖しと言った類が悪さをするために集まってくる。
それから人々を守り、豊かな実りで埋め尽くすために高橋稲荷は力ある狐の集団で守りを固めなければならないのだ。

毎年毎年、尻尾が分かれた狐たちが使いとして召されて行くのだが。
セリは二本を通り越し、いっきに三本に分かれたのだ。

それには本人も驚いた。

前脚でまさぐり、鼻先で確認し、懸命に匂いを嗅いで異常を探した。
何故に三本?まだそんなに生きてはいないと本人は騒いでいたのだが。

里の狐の一匹が
「これは神の思し召しでは?」等とのたまったからたまらない。
急いで神社へと支度を急かされ、慌ただしく里を駆け回る狐でいっぱいになる。
そんな。
自分はまだ十分に遊んでもいないのだとセリの気持ちは沈むばかり。

悩みながら歩いた先は神社の横道。
初詣も過ぎたにしても、一月の七日はまだまだ参拝客の波が途絶えない。
人間たちは好き勝手な悩みを神へ押し付け、叶うそのときを今か今かと期待たっぷりに待ち構える。

叶わなければ「嘘だ」なんだと怒りをぶつけ、努力さえもしなくなる。
…なんと勝手で高慢な生き物か。
まぁ、それが面白いのだが。

(仕事が上手くいくように。)
−まぁな。
(豊作であるように。)
−天の恵みはほしいよな。
(儲かりますように。)
−そりゃ努力次第だな。

(…平和でいられますように。)
−はて?
豊穣の神に平和を願うか?

(バカだな。豊作も仕事の出来も人間関係円満でなきゃ努力も出来はしないだろうがよ。)
−なんとっ。

自分の声が聞こえているかのように受け応えをする人間が存在する。
セリの気持ちは沸き立った。
嬉しい。面白い。
セリは自分の声が聞こえている人間を探すことにした。

並々と流れる人の群れの中、目的の人物を見つけるために目を凝らす。

…あれか?いや違う。
ならばあれか?それも違う。

…わんさか溢れる人混みの中見つけた一人の人間。
身長は高くなく、髪はやや色の抜けた眼鏡をかけたやつ。
こいつか…。
ズンズンついて行き…気を感じ取ると車さえも追いかけて行く。
田舎独特の住宅街にある一軒家。
人間が声をかけながら入って行く先には動物たちの気がわらわらと集まっていた。

兎に、梟に、猫…。何と奇妙な光景か。
ここで皆で住んでいるのか。
面白い。
窓に近づきノックを数回。
人間は窓辺に近付いて驚いた顔をしていた…。


−−−−−。


「…何であの時ここに住みたいなんて思ったんだ?」

初夏の雨音響く午後。
同居人が訪ねてくる。

何故だろう?楽しそうだと思ったからじゃないだろうか?
あの後はいろいろと大変だった。
ばば様への許可の申請。
里の狐の説得に、神社への断りの通知申請。
でも…それでもここに来て良かった。

今は、ただ自由気儘に過ごすのみ。
田舎の一軒家の屋根の下、狐は主の横で悠々とお茶を啜るのである。


せっちゃんの物語です。
やっと書き終わりました。


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