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予言は成就された。
二人はそう、ほの暗い海の底を散歩に出かけている。
白いエイのような外套の裾を翻し、巨人アトラスは悠々と歩を進める。巡見中の官吏の様に。
久しぶりの砂と岩の踏み心地に少しの喜びを感じながらも、カニは巨人の後も追うことに必死だった。
いや追わなくてもいいものを、何故だか追っている。歩幅が違いすぎる。砂ぼこりにむせる。
「遅いぞ!!」
とうとう巨人の怒りを買ってしまったようだ。雷鳴のように体に走る振動。
長い腕がこちらへ延びて、彼をぐわあと持ち上げる。今度こそ食らわれると思いまた体を丸めて硬直していたのだが、足がどかっと何処かへ着いた。
巨人の肩の上へ着いた。
「落ちるなよ」
こんなに声が近いのは初めてではないか。音の伝導が早い。
そして、あのテーブルより随分と高い!
指摘に従い黒い首飾りへ足をかけると少しくすぐったそうにしたが、そのまま散歩に戻るようだ。水を切る大きな推進力にびっくりした。
動くたびに揺れる彼の耳飾りにぶつからないように注意しなければならなかったが、巨人の肩の上は意外と居心地がいいことがわかった。
きらきらの金色の髪の毛が水の中で漂うのは、自分が世界で知っているものの中でおそらく一番美しい。
この深い深い水底で、視力や色素を失ってしまうことはままある。この白い巨人もそうなのかもしれない。
「さあ着いたぞ。船だ」
眼前に横たわるのはとてつもない大きさの沈没船である。いつごろここへ来たのやら、木製の船体は藻に覆われ、貝の類も見える。
意気揚々と、朽ちた船の腹のうろから船内へ入ると、暗い洞穴になる。
巨人は小さい魚の群れをなんでもない風に掌であしらい、奥へ進む。
ほんとうに知らないものばかり。
この巨人と居ると、今までの時間は岩のくぼみをずっと見つめ続けるようなものだったのだと思い知る。
肩の上でせわしなくきょろきょろするのを、アトラスは面白そうにみていた。
床へ降ろしてもらって、木板の上をかたかた歩いたり、柔らかな藻に触れたり、転がっている何かの破片をひっくり返したり、ハサミでこんこん叩いてみたりした。
その中に鈍く光る、銀色の円盤を見つけた。持ち上げたらひどく重い。
「掘り出し物は見つかったか?」
彼はニッと笑って、藻のついた黒いガラス瓶を掲げた。
「俺には見つかったぞ。いい葡萄酒だ」
咄嗟に今さっきの円盤を高く持ち上げる。
「よしよし、じゃあそろそろ戻るか!」
また巨人は肩の上へカニを乗せ、凱旋の兵のように家路についた。