アブストラクト


カニとアトラス5(完)/ジャ遊、パロ

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「そいつは硬貨だ」
銀色の円盤を顎で指して言った。


夜になると巨人が消えていく奥の暗がりは寝室だった。
青い美しいカニは近頃、巨人の枕元にも引っ張ってこられるようになった。どうにもこのカニに愛着でも湧いてしまったらしい。


「硬貨というのはモノと交換するためのモノだ」
青いハサミから銀貨をつまみあげて、わかるな、といった風にひらひら振った。
少々錆びているが鈍い白光がきらきらしてなんとも綺麗である。魚の鱗とはまた違う、貝殻の裏のオーロラにも似た、不思議な潔癖さである。



白い巨人は遠くを見る目をした。


「地上で使われるものだ」

地上は、空の国だそうである。太陽と月とが往っては帰り、往っては帰り、その間中、四足の生き物という生き物がせわしなくしているところらしい。
黄色赤緑と色は溢れ、音は絶え間なく、食っても食っても足りぬところらしい。

その巨人も、その空のもとで朝と夕とを数えるひとりだったらしい。
そして、決まった時間に食事を摂るのも、寝床へ横になるのも、そのころの習慣をそのままにしているから。
この薄暗い世界では必要のないものなのだが。

 

 

Er ist unglu"ckselger Atlas.

(彼は、彼は可哀想なアトラス。)
彼が何をしたというのだろう。
恵まれぬ境遇や昏い世界、そこに在る自分に嘆き、何とか免れようと足掻くことは罪なのだろうか?
振り返りもせず人を欺いてまで勝ち得た黄金さえ虚ろだなんてあまりに報われぬ。
それでも彼は石に成るまで天上を支え続けた。
その両肩のなんという強靭なこと。
定めとして受け入れる心のなんとおおらかなこと。


Du stolzes Herz,Du hast es ja gewollt!
Du wolltest glu"cklichsein,
unendlich glu"cklich,
Oder undendlich elend,stolzes Herz,
und jetzo bist duelend.

(誇り高き心は、お前がそう望んだから。
幸せにありたいと望んだお前。永遠の寧日を。
それが無理ならば、永遠に孤独でありたいと。
誇り高き心は、そしてお前は今、孤独にあるのだ。)


西の端の海に沈む深い水底の城はまるで墓のよう。

そこに棲む1人の孤高な王。


白い巨人は言った。
「お前のことばが分かるぞ。俺は神だからな」
「そしてお前が、俺のことばが分かるわけも」
「俺はずっと一人でここに居る。」
「器用なお前と」



そういって透き通る白い瞼をおろし、眠りについた。

 


青い小さなカニはその様子を静かに見届けたが、永遠の寧日のために犠牲になった彼の幸せが何であったかを知ることはない。

 

 

 

 

 

カニとアトラス(ende)
「Der Atlas」Heine1828.8,Franz schubert
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神様は期待はずれなほど無慈悲で冷徹です。そんな神様に恋をしてしまったら、一生報われないに決まっています。一生孤独です。遊星とジャックが結ばれないとしたら、こんなような

あまりに無残な恋で、可哀想なジャックです。それでも最後まで信じ続けるジャックは孤高で、神様のように見えるけど、結局は神様にはなれない、遊星の一殉教者です。遊星は残酷な

神様です。世界のためなら何をも必要でない。自分を支え続けてきた存在にさえ、特別な感情を持ったり幸せを授けてやろうなどとは思わないことでしょう。ただそんな遊星は、永遠に

幸せなんてものを欲しがることのできない、神様としての本能しか持ち合わせない、オートマティックな存在で、かなり可哀想。遊星は自分が神様だということさえ知らない。

ちっぽけで小さな生き物であるカニ(本当の神様)を遊星に、ギリシャ神話の神様である巨人アトラスをジャック(神に成れない殉教者)に見立てました。かなり皮肉な見立てですが。









10/25 20:01
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