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名の無い渓流にて

そっと、白波たつ水面に触れる。指先に吸い付く水は限り無く清々しく、ここが未だ誰にも汚されていないことを思わせる。

河原の石に身体をあずけぼぅっと水面を眺めていると、木が、水が、山が、不意に歌い始めた。木々が歓喜の声をあげ、川をにわかに騒がせ、新緑の詩が薫風に乗せられて山にこだまする。
永遠まで届きそうなその歌声は止むことなく響き続け、視界の端に僅かに映る遠くの山へとどどろき渡る。
今まで歌だと思っていたそれは自然が発した言語。意志疎通の為のものが、何故ここまで美しいのか。

人知が及ばない高みに居る自然を感じ、私は何も言えずその場所を去ることしか出来なかった。

小高い丘のある誰も知らない草原にて

そっと、桜の影が落ちる浅黄色の絨毯に身体をあずけ、空を見上げる。
遥か向こう、何処までも澄んだ空に向かって、寝そべったまま右手を広げ、握る。まるで、空にある真っ白な雲を掴むかのように。
手に何かしらの感触が残るはずもない。何も掴んでいないのだから当たり前だ。だけれども、握った手の中に儚く消えていく何かがあった。
手を開いて見ると、手のひらに桜の花弁が一枚。その花弁を確かめようと左手を近付けた瞬間、静寂しか無かった草原にさぁっと、萌え出たばかりの草花が歌声を。
気が付けば、右手にあったわずかな春は消えていた。歌声に運ばれて、足元の幾千の歌手団の中に混じったのだろう。
次の風が吹く頃、彼女も美しい歌声を奏でられる様に祈り、一度大きく深呼吸して、大自然のコンサート会場を後にした。
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