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6月15日の創作「いつまでたってもあの日のままで」

話題:創作小説

天使の貞次と人間の三毛の話。
蹴っ飛ばす・チョップする描写がありますので苦手な方は気をつけてください。



「来年の今ごろは何してんだろーね」

アイスを噛みながら、三毛がソーダの香りの息を吐く。「どうしたの突然」

三毛はいつもどおりのぼやっとした顔で、黒い目をしている。
目が細いから、そしてそれにメガネなんかかけてるからよく見えないけど、三毛は排水溝の中みたいに黒い目をしている。

「今なにか、僕のことばかにしなかった?」
「いや別に」

目をそらすけど、三毛がしばらくこっちを見ているのはなんとなく分かった。
じりじりというか、どんよりというか。そういう視線を頬に感じる。気にしないふり、気がつかないふりをしながらアイスクリームを舐める。マンゴーは不思議な味がする。

「来年は、僕は海外にいるよ」

ぽつりと三毛が言った。飛行機が飛んでいる音が、ずっと頭の上でしている。三秒くらい揺れるスカートの裾を見てから三毛を見る。
三毛はぼんやりした顔でぼんやり道路を見ていた。

「かいがい」
「うん。海の向こう」
「行くの?」
「うーん、どうだろう」

よくわかんない回答をしておきながらうーんうーんと唸る三毛を眺める。マンゴーアイスが滴になって地面に落ちた。じわじわと乾いてなくなっていくそれを見ていたら、三毛があ、と声を出した。

「行くのかも。うん。自分の足で空港に向かってる」
「ふうん」

マンゴーアイスが乗っていた、ほんのりマンゴーの匂いがするコーンをかじる。

「三毛の未来予見はほんとにそうなるもんね」

分かりきっているそれを、改めて口に出すと三毛は困った顔をしてアイスの棒を噛んだ。おいしくないでしょそれ。そう言おうかと思って口を開いたけれど、三毛が真っ黒な目をさらに真っ黒にして道路を見つめているからやめた。

三毛は排水溝の中みたいに黒い目をしている。どこまでも黒くて、なにも見えなくて、底すらもないみたいな目をしている。

「来年、そう、来年だ。ちょうどこのあたり。真っ赤なジュース、読めない字のパッケージがたくさんあって、見たことない毛をした犬に会うんだ」

ぽつぽつと喋る三毛はもう道路を見ていなくて、たぶん未来を見ている。未来の今ごろの自分を。

「三毛」

まだ喋っている三毛の側に立つ。三毛はこっちに気がついていないようだ。ならばと20歩ほど離れて大きく息をすう。息を吐きながら三毛めがけて走った。勢いを殺さないよう気をつけながら羽を出してジャンプする。

「セイ!」
「ぉあわっ」

ジャンプした勢いのまま蹴りをいれると三毛はぐしゃっと倒れた。危ないから真似したらいけない。
三毛を下敷きにしないようすこし離れた地面に着地する。三毛は地面とラブラブしている。

「蹴ってごめんね。そろそろ帰ろう」
「ぅ…うん」

三毛は体のあちこちを擦りながら立ち上がる。ずれた眼鏡を直して、わたしの横に立った。

「晩御飯なににするの?」
「そうめんかなあ…」

ぼんやりした顔のまま答える三毛の目は黒かったけど、どこまでも黒いような色ではなくなっていた。
三毛の顔を見るのをやめて前を向くと、すこし傾いてきた日が見えた。もうすぐ日が暮れて明日がくる。

「夕日、きれいだね」
三毛がこすれて血が滲んだ頬を触りながら言った。

「そうだね」と答えると、三毛はうれしそうな顔をして笑う。
なんでもない会話をしているだけなのに、やたらうれしそうだ。いいなあ、と思った。

「いたっ!なっなに、貞次どうしたの?」

チョップをすると三毛は慌てていたけど知らないふりをして歩く。

だって、ずるい。
そう思ったけど、やっぱり言うのはやめた。言ってもわからない奴に言ったって意味がない。わたしはもうずいぶん前に、三毛に言ったのだ。

三毛は未来が見える。
でもわたしは見える未来の話をしてほしいわけじゃない。三毛ととりとめのない話をしたいだけなのだ。
だから本当の未来の話をしなくていい。三毛の考える未来の話をしてくれ。

それを言ったのは、前にきた夏なのだ。その前の夏にも同じ事を言った。ずっと同じ事を、夏になれば繰り返している。

それもそうだ。三毛と会ってから一番初めにきた夏で、三毛はもう未来を見ていた。

「夏は、貞次は僕を蹴っ飛ばすんだね」

三毛が見た未来はいつの未来かわからない。もう過ぎた夏のことかもしれないし、これから来る夏のことかもしれない。
でも、次の夏が来て、わたしが来年の夏のことを聞いたときに三毛が未来を見たら、きっとまたわたしは三毛を蹴っ飛ばすのだろう。
予見じゃない。わたしならそうするだろうと思ったことだ。

「あっついねえ」
「扇風機出そうか」
「そうだね、帰ったら出そう」

三毛が未来を見て話をするのは、わたしのせいかもしれない。
ずっと頭にあったそれを、今年も口に出さないまま三毛の隣を歩いている。
ずるいのはわたしのほうかもしれなかった。


お題:エナメル様からお借りしました。

6月11日の創作「そろそろさよなら」

話題:創作小説

貞次は窓際で頬杖をついていぼうっとしていた。
その視線は窓のそとではなく自分の頬杖をついていないほうの手のひらに向けられている。白くて平べったい手のひらは貝殻みたいだった。

「寝るの?」と聞くと、貞次は手のひらから僕の顔に視線を移した。
そしてたったいま僕に気がついたようにすこしだけ目を開いて、「はあ?」と言った。寝ぼけたような声だった。

「もうお昼だけど」
「そうだけど」
「お昼って起きてるものじゃないの」
「そうだけど」
「じゃあなんでそんなこと聞くの」

だってこれから寝るような顔してたから、と答えると貞次はまた目を見開いた。
わけわかんねえって思われたかな。ほんとうにそう感じただけなんだけど。
困る僕を尻目に、貞次はまた自分の手のひらを見つめだした。楽しいのだろうか。

「よし、じゃあ行くわ」

手のひらを見つめる貞次をしばらく見つめていたらと突然貞次がそう言って顔をあげた。

「どこ行くの」

驚いた僕がそう言うまでに、貞次はさっさと服を着替えていた。この間買った、青い服。きれいな色だったけど、僕は落ち着かない。

「どこって、君が言ったんじゃないか」

貞次はあきれた顔で僕を見る。
手櫛で整えただけなのに、腰に届く長い髪はまとまっていた。癖っ毛の僕はそれを羨ましく思いながら、「なんのこと」と聞いた。

「さっき言っただろ」
「なんて?」
「寝るのかって」

「ほら行くぞ」と行って貞次は僕の手を引いて寝室の扉を開ける。
止める暇もなく貞次は僕の眼鏡を外してベットサイドの机においてしまった。そしてすかさず布団のなかに潜り込む。手を繋いだままの僕も引き連れて、貞次は丸まった。

「あったかいね」
「何で寝るの?」
「昼寝にいい時間だから」

そりゃあそうなんだけど。僕は困惑しながらまだ繋いでいる手を外そうとしたけど、しっかり絡められた貞次の指は外れない。

「二毛は寝ないの?」
「だって、だめでしょ。男と女が同じベットで昼寝って。あらぬ誤解を招くって」
「ああ、そういうことね」

貞次は長いまつげを伏せてにやりと笑った。貞次の眠いときの癖だ。まずい、もう寝かけている。

「なら問題ないよ、寝よう二毛」
「なにが問題ないの、僕男だよ。それで貞次は女の子だよ」
「そうだけど」
「そうじゃん」
「ほら、人間同士じゃないからいいかなって」

にまっと笑う貞次の背中で、畳んでいた羽がぱさりと揺れた。真っ白なシーツと布団に挟まれた貞次の服だけが青い。

「でもだめだって。天使と人間でもだめ」
「なんで」
「女の子と男だから!」
「よくわかんない」

問答をしていると、どんどん貞次の瞼は下がっていって、もうほとんど目を閉じている。

「うるさい」

ひどい。そう思ったけど、口に出すより先に僕は布団から追い出された。
いいんだけど、そうしてほしかったんだけど、なんだかひどいような気がする。

「二毛は起きてたらいいよ。私は夢の世界に行ってくるから」

じゃあ、いってきます。さようなら。
そう言って貞次が眠ってしまったから、僕は貞次がもう二度と目を覚まさないんじゃないかとはらはらして泣きながら貞次の手を握ってベットサイドに膝をついていたのだけど、貞次はそれからきっかり一時間半後に目を覚ました。

頼むから普通に、お休みなさいとかそういう挨拶をして寝てくれと頼むと、貞次は目を擦りながら生返事をした。天使の目覚めは悪い。


お題:エナメル様からお借りしました。
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