2008-10-27 10:33
今日の部活はミーティングだけで、前日におこづかいをもらっていた栄口は水谷オススメのケーキ屋さんに行く事にした。
甘いものが好き、だなんて周りに伝えられずにいたが水谷も甘いもの(特に生クリーム)には目がないって言ってたため、特に気にすることなく2人で向かう事にしたのだ。
「いらっしゃい…あれ、水谷くん?」
「わっ、安住さん!?」
ガラスでできたドアを開けてそのまま立ち尽くしている水谷の肩越しに店内を覗くと、カウンターに赤縁の眼鏡をかけたおさげの女の子が立っていた。
水谷の名前を知ってるところをから考えるにその子は水谷の知り合いなのかと思ったが、何だか栄口も知ってる気がした。
そう思っているとおさげの子が栄口の存在に気が付いて、にっこりと笑いかけてくれた。
「栄口くんも、いらっしゃい」
「えっ!?あ、なんでオレの名前…」
「だって、うちのクラスによく来てるでしょう?」
「取り敢えず中にどうぞ?」と言われて店内に足を踏み入れれば、ショーケースいっぱいに並べられた美味しそうなお菓子が視界に飛び込んできた。
思わずショーケースに釘づけになっているとクスクス笑う声が聞こえてくる。
顔を上げてみれば、おさげの子が栄口と水谷を微笑ましげに見つめていた。
「2人とも、甘いものが好きなんだね」
「えへへー、ここのケーキは美味しいから特に好きだよー?」
「ありがとう水谷くん」
水谷からの褒め言葉にその子は少しだけ頬を赤らめて笑う。
その笑みを見て、栄口はようやくその子の事を思い出した。
(水谷と同じクラスの安住さんだ)
安住は花井の隣の席で、栄口が野球部の首脳会議で7組に行くといつも席を譲ってくれる。
阿部や泉は何か考えてんのか分かんねぇから苦手だ、などと言っていたが。
「そういえば安住さん、ここでバイトしてんの?」
水谷がカウンターに寄りかかりながら尋ねると、安住は苦笑いを浮かべた。
「ここ、私の家なの」
「「‥‥‥‥はい?」」
「あ、えっと私の親がやってる店なの。だからバイトじゃなくて家のお手伝いになるのかな?」
「あぁ、なるほど」
「ってことは安住さんの親ってパティシエなんだぁー!いいなー、毎日お菓子食べ放題じゃん!!」
水谷は目をキラキラ輝かせて安住の事を羨ましそうに見つめている。それに対して安住は困ったように苦笑いを浮かべてみせた。
「んー…でも、毎日食べられる訳じゃないし、売れ残りばっかりだよ?気を抜くと太っちゃうしね」
だから中学ではソフト部だった、という安住の言葉に栄口も水谷も驚いた。
勝手なイメージで申し訳ないが、安住は文化部だったのだと思い込んでいたのだ。
「あ、そうだ2人とも注文は決まった?」
にっこりと笑う安住に栄口と水谷は思わず顔を見合わせる。
阿部の言っていた通り、確かに彼女は何を考えているか分からない。
「え…えっと、じゃあオレこのショートケーキ!」
「栄口くんは?」
「うーん…オススメ、とかある?」
ショーケースの中のケーキはどれも美味しそうで、初めてこの店に訪れた栄口は選べそうにない。
尋ねられた安住は少しだけ迷い、1つのケーキを指差した。
「コレとかどうかな?チョコケーキに生クリームがちょこんと乗ってるのなんだけど…」
「えーと、“スターダスト”ってやつ?美味しそうだね」
「うん!チョコと生クリームの甘さが丁度よくて、美味しいよ!あのね、お母さんが私の誕生日に作ってくれたケーキなの。だから名前も似てるんだ」
「名前?」
キョトン、と栄口と水谷が首を傾げてみせれば安住も目を丸くして首を傾げてみせた。
あれ、と言わんばかりの顔をしていたが何かに気付いたように顔を赤らめる。
「あはは…そうだよね、私が2人の下の名前知ってるからって私の名前を2人が知ってる訳じゃないもんね」
ゴメンね、と安住はショーケースに目を向けて恥ずかしそうにしていた。
その姿を見ていたら何故だか栄口の胸がトクンと鳴った。
(何だ、コレ?)
栄口は首を傾げた。
「あのね、私の名前“星空(ほしぞら)”って書いて“せいら”って読むんだけど…英語に直訳するとお店の名前にもなってるけど“Starry Sky”になるの」
そこまで聞いて水谷は分かっていないようだったが、栄口はピンときた。
スターダストは和訳すれば“星屑”という意味だ。安住の誕生日にできたケーキだからこそ、星空の中の一つの星屑になったのだろう。
それにしても娘想いの母親だなぁ、と栄口は思った。
君の名前
(Title/Scape)
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