「夜が明ける」
彼は地べた(むきだしのフローリングのこと)に腹ばいに寝そべってきっぱりと言った。
俺は吹き出しそうになるけれど、笑ったら負けだという気がしたので、まっすぐに彼を見下ろした。
でも思わずにはいられない。だれか他の人間がこの場にいるなら言い訳してしまいそうなくらいだ。まったく、ほんとうに、彼はおもしろいイキモノなのです。
「それで?」
自分でもびっくりするくらい甘やかな声が出た。
「それで、つぎはどうなるのですかな。黒猫くん。リゾット」
「つぎは」
彼は俺の言葉の重さをはかるみたいに、目を細めて口を半開きにして繰り返した。そうすると酷く獰猛な面構えになる。
「日がのぼる。朝がくる」
絶望的に力強い言いぐさだったが、彼の思うところは翻訳不能だ。
俺は底の深い鍋の底をさらって、乳くさい湯気をたてるどろどろした不気味な物体を耐熱皿に移した。
「そしたら?」
それを銀色のトレエに二人分のせて、透明のグラスに水を注いでそれものせる。
「俺はここを出てゆく。歩く。腹がへったらピッツァをたべる。夜になったら男を殺す」
俺はまただれかに説明したくなってしまう。彼は、そうです冬の日の、パームの幹みたような男なのです。
「それで?それで、どうするの」
心から思う。それで?それで、どうするの、あなた。
「もし汚れたら上着を脱ぐ。鞄にしまってもって帰る。上着を脱いだら寒いから、早駆けをする。夜がいちばん濃くなる時分にここへ着く」
彼は床にぺったりと貼りついて動く気配がない。
「ね、猫のようだ」
台所から居間に移って屈み、彼の頭のそばに食事を置きながら笑う。すると彼は「シュバルツのまね」といって喉を鳴らす。
シュバルツというのはこの塒の近所で飼われている猫だ。
リゾットは彼女ととてもなかよしで、ベラドンナなんて呼んだりしている。
そのさまを見かけたときは俺たち全員で指をさして涙が出るまで笑いころげたものだ。
「めしだぞ」
俺が皿を押しやると、ふんふんと粥のにおいをかぐ。乳のにおいに満ち足りた獣のような笑みを浮かべる。
「ありがとう、メローネ。うまそうだ」
「共食いだな」
にやっと笑って言う。ところが彼はふとまじめくさった顔になって、
「真夜中に俺が戻ってくる。みんなが迎えてくれる。俺はここで眠る。夜が明ける。日がのぼる。朝がくる」
などと言うのだ。俺はものがなしい気持ちをもてあます。沈痛な死の気配、彼の体から発している。
俺はまた言い訳をしたくなる。俺が乳粥ばかり彼に食わせたくなるのは、こういう理由なのです(どういう感じかわかってくれる?)。