もう、泳ぎ続けてどのくらいになるのだろう。
いや、実際はこれっぽっちも前進していないのかもしれない。
どちらが前なのかも、解らないのだから。
ここに、貴方が?
遠い遠い向こうに浮かぶ、無数の小さな光の粒。
私の掌は、ただ闇を空振りするだけで、何も掴めない。
何も、何もかも
壊れてしまったのだ。
ベランダの手すりに腕をかけ、暗闇に目を凝らす。
遠い空には、ただ黒色だけが広がっていた。
星さえもみえない世界に、宇宙など存在するのだろうか。
それとも、図々しい人間に見つからぬよう、ひっそりと隠れているだけなのだろうか。
下には光るネオンの街が広がっている。まるで、夜空にある筈の星達が墜落したようだった。
砕け飛び散った宇宙は、神様に見捨てられたのだ。
「星が沢山見える場所に住みたいな。」
彼女の口癖だった。
星なんてプラネタリウムに行けばいくらでも見れるじゃない、と僕が言うと、私は本物の星空がみたいの、といつも頬を膨らませるのだった。
「都会にプラネタリウムがあるのはさ、星があまり見えないからなのかな。」
あぁ、確かに。たまに彼女は最もなことを言う。
「森の中にプラネタリウムがあっても、誰も行かないよね。だって、真上に本物の星空が広がってるんだもん。」
哀しく笑いながら、彼女は病室の狭い窓を覗いた。僕もその小さな闇に目をやった。淡紺の空には、霞んだ月が低く浮かんでいる。
「あ、此処でも少しは見えるんだね。ほら、」
そう呟く彼女の瞳には、道端の街灯が映っていた。そうだね、 本当は星なんてよく見えなかったけれど、そう返事をした。見えない、なんて言ったら君は泣き出してしまいそうだった。
無性に切なくなって、どうしようもなくなって、僕は彼女に、満天の星空を見せてやりたいと思った。
「今度さ、星が沢山見える場所、連れてってやるよ。」
「えっ 本当に?」
「うん、本当に。」
僕たちは小さな約束をした。
明るすぎるあの街を背に約4時間、薄暗い道を車で走り続けた。君との約束、星が沢山見える場所まで、僕はやって来た。
あれからもう三年が経っていた。叶わなかった。叶えてやりたかった。
僕は目が悪いから、きっと星なんて見えやしない。
車を降り、遠い空を見上げた。一緒に見たかった。見せてやりたかった。
「すごい、綺麗だ」
暗く霞んだ星空は
僕には眩しすぎた。