◎BL
◎学パロ
◎花礫視点寄り
「か、っ、…嘉禄っ!!」
大きな瞳いっぱいに涙を溜め、前に立つ綺麗な顔の青年に抱きついたのは、さっきまで自分の腕を掴んでいた无という少年だった。
そんな无を愛おしそうな目で見つめ、そして慈しむかのように優しく頭を撫でたのは、嘉禄という青年。
ーー花礫は、今初めて見た嘉禄という青年の存在を知っていた。ことあるごとに嘉禄が嘉禄が、と言う无にそれ誰だよ?と聞いたのは花礫だったからだ。
急に引っ越ししていってしまったという、无の幼なじみ嘉禄。彼が无にとってどれだけ重要な人物であるのかなんてわかっていたし、だからこそ探すのも手伝っていた。だらしなく眉尻を下げる无にほだされ、ついつい引き受けてしまったのだ。
无は酷く内気な少年であった。極度の人見知り。簡単にひとに心を開かない。そんな无だが、どうしてか花礫には大層懐いていた。
そう、ひどく懐いていたのだ。それは親鳥を追いかける雛のように。だから、ーーだからだ。飼い犬に手を噛まれた。それくらいの気持ちだ。そうに決まっている。
「嘉禄っ、嘉禄っ!今までどこにいたのっ!おれ、ずっと探してたよ!」「ごめん。俺もずっと、无に会いたかったよ。」
ついにポロポロと涙を流しながら嘉禄に縋る无を、花礫はどこか冷めた目で見ていた。そして、甘く優しく囁く嘉禄に吐き気がした。花礫は内心で舌打ちをすると、その光景に背を向けた。
ーー本当は。
无が掴み、そして離した自分の左腕を反対の手で掴みながら考える。
本当は、もしも嘉禄に出会えたら、まず始めに思いきり殴るつもりでいた。こんなやつを一人残し、何も伝えず行方をくらました嘉禄という男に憤りを感じたからだ。
ーーしかし、そんなこと、俺にする権利はない。
そのことに、二人の再会を目の当たりにした時に初めて気づいた。
左腕は何故だかひどく冷たい気がして、ギリリと強く掴む。
どんなときも、誰といても、俺の側から離れることのなかった无が、嘉禄を見た途端俺の存在を忘れたかのように駆け出した。
「はっ、」
何を言ってんだ。
自分の考えに反吐が出る。最近ずっとぬるま湯に浸かってたから、思考までぬるくなっちまったようだ。
そもそも。付きまとわれて迷惑してたのはこっちだ。これでお役御免。ようやく静かに過ごせる。
「き、…花礫っ、」
「!?」
ドンッと背中に感じた衝撃に、驚く花礫。反射的に振り返った。振り返らなくても正体はわかっていたが。
「なんだよ」
思ったよりも冷たい声が出た。無意識だった。何故だか无に触れられることに嫌悪感を感じる。
「あ、えと、…俺も帰る、から」
一緒に帰ろう。
その言葉を最後まで言う前に重ねて言った。
「はぁ?嘉禄がいんだろ。」
おまえの大好きな、と付け足そうとして、ガキの嫉妬みてぇだと自分の思考に舌打ちをした。そんな花礫の考えなんて知らない无は、びくりと方を揺らしながらも一生懸命口を開く。
「嘉禄、またおれん家来るって。今日は花礫とアイス、だから。花礫と行くの、楽しみにしてたから。」
しょぼん、と。でも一生懸命に伝える仕草に、ーー何故だか無性に泣きたくなった。
そしてそのことに、戸惑い、苛立ちを感じた。
けれど。
「花礫は、アイス、ヤダ?」
大きな目は花礫を捉え、離さない。
溜息をつけば、再び肩を揺らす无。花礫が自分に怒っているのだと思ってるのだ。
「いんや。腹も減ったしな。」
くしゃっと、无の頭を撫で、ふっと笑った花礫。その途端花が咲いたみたいにパアッと笑顔になる无。
心底嬉しそうに花礫の手をギュッと握った。
「やーめーろ」
そう言って手をハシッと振り払おうとするも、无は手を離さない。それは同時に花礫が本気で振り払おうとしていないことを指すのだが。
「…はぁ。店ついたら離せよ」
結局、花礫は无に甘いのだ。
ニコニコと幸せそうに笑う无を横目で見る花礫。自分と一緒にいて、こんな嬉しそうに、楽しそうに、笑うやつは初めてで。
よくわからない音が、心臓から聞こえた気がした。