中央も随分暖かくなってきたが、流石に夜は冷える。時折吹く冷たい風にコートの襟を立てて空を見上げれば満天の星空。
「は〜食った食った…空、澄んでんなぁ」
私の少し前をぴょこぴょこと小鹿のように跳ねながら私と同じように上を見るエドワードは寒さなんかちっとも感じてないようだ。
賑やかな通りを過ぎて、外灯の少ない暗い小道に入るとくるりとエドワードが振り返る。
「じゃあまたな大佐!ごっそさーん」
「あっ、待ってくれエドワード!もう遅いから…」
送らせてくれ、そう言ってもいつもすぐに逃げるように走って行ってしまうエドワードだが今夜は辛うじて腕を掴んで捕まえることが出来た。腕を引いた拍子に小さく軽い彼女はすっぽりと私の懐に飛び込んで来たのでしっかりと抱き留める。
「今日は逃がさないよ」
「う、わ…ちょっ、大佐、なんだよっ」
「だって君はいつも送らせてくれないんだもの…こうでもしないとまた逃げてしまうだろう?」
「だぁって…情報屋足るもの身元も住み処も明かせないんだっつの!」
放せ放せとジタバタもがくエドワードを更に強く抱き締めて動きを止める。今は情報屋としての彼女でなく一人のレディとして接してるんだ。こんな夜道に一人で帰せるものか。
特に私の瞳がオニキスのようで綺麗などと言われた今夜は理性の歯止めが効かなくなりつつあった。逃がしたくないし、離したくない。
「走って帰るくらいだ…近いんだろ?」
「ちっげーよ!俺はこれから夜行乗り継いで、明け方にヒッチハイクしてブリッグズの麓町まで帰るんだよ!どーだ遠いぜ寒いぜ過酷だぜ!」
「夜行って…とっくに汽車の時間は終わってるが」
「ぐ…」
ほら、と懐中時計を見せてやると、観念したのか急に大人しくなった。
「本当に北部に家があるなら今日はもう帰れないな…うちに来ないか?」
「大佐の家?ちょ…待っ、アンタいつもこんななの?」
「こんなって?」
「誰にでもこんな優しいのかよ!」
「は?まさか!君だけだ!」
えっ?と、鳩が豆鉄砲くらった顔と言うのはまさに今のエドワードの顔だろうってくらいのぽかんとした顔…口は半開きだ。こちらはこちらで『女なら誰にも優しいロイ・マスタング』なんて思われるのは御免だ。
「エドワード、君だけだ」
「…大佐」
再び強く抱き締める。抵抗なく収まる体からは嫌悪感は感じず、ただ静かな呼吸だけがコート越しに伝わった。
「…俺、もしかして口説かれてる?」
「そう思って貰って構わないよ?」
「いやいや…アンタ、やっぱ酔ってんだろ?」
「生憎、素面だ」
「アンタもてるだろうに…」
「そうでもないさ、本命に想われなければ虚しいだけだよ」
だから、私を見て?
耳元でそう囁くとエドワードの顔が上がった。いきなりの展開に困惑した紅い顔が可愛らしい…困らせたくはないのにいつまでもこうしていたい、重症だ。
「俺、アンタが思ってるような奴じゃないよ?若い女が好きなら他にも…」
「おいおい、若さだけで君を選んだと?とんでもない話だ」
「情報の為なら足も開くし、アンタが想像つかないえげつない事もいっぱいしてる汚い人間なんだぞ?」
「自分のことを汚いとか言うんじゃない、君は綺麗だ」
可愛くて賢くて、家族想い。若い身空で人知れず苦労も沢山して来ただろうに、笑顔を絶やさない強い心は誰よりも美しい。そんな君だから、
「好きだ」
「こんなガキを?」
「好きなんだ」
「本当に?」
「本当だ」
「ロリコン?」
「身も蓋も無いな…」
「ごめん冗談、ほんとに俺?」
「君を愛してる」
あぁ、
『愛してる』だって。
苦労した甲斐があったよ。
調度品なら錬金術を駆使していくらでも盗めるけど、人の心はそうはいかない。
でも、あの黒耀石を一目見てからずっと欲しくて堪らなかったんだ。過去に入った美術館で颯爽と逃げる瞬間に一度だけ目があったオニキス…一瞬で俺の心を奪った曲者。
俺から何かを盗むなんて100年早いぜ、だから近付いたんだよ?ロイ・マスタング、黒耀石の君…
「エドワード…愛してる」
なんて心地いい声
なんて優しく温かい唇
そしてなんて綺麗な深い闇色の瞳…どんな宝石よりも絵画よりも心を震わす素晴らしい俺の最高のコレクション。
ご存知、私は怪盗ルビィ。
犯行予告通り獲物はいただきました。
数日後、件の美術館にルビィは現れなかった。
何処かでオニキスが盗まれたと言う報告もないので、結局ルビィを騙った模倣犯紛いの犯行と片付けられたのだが…
それ以来怪盗ルビィからの犯行予告は二度と届かなかった。
世界一美しい黒耀石が盗まれたのか否かは彼女のみ知る話…
END
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エド子の小さな掌で躍らされたアホなマスタング…これが書きたかった(笑)
もいっこ変な駄文が浮かんだのであぷします。