「……ぅくっ」
突然、ルークが奇妙な声をあげた。
「ルーク? どうしたの?」
アニスが心配そうに尋ねるが、声をあげた本人も自分が奇妙な声を出したことがわかっていないらしい。
首を傾げては、また声をあげた。
「ルーク、もしかしてしゃっくりとか?」
「しゃっ……っく、り、っ?」
アニスがふらふらと近づいて来て、ルークに抱きつく。
わけがわからない、といった表情のルークに、アニスは玩具を手に入れた子供のような笑顔を浮かべた。
「そーそー、しゃっくり。知ってる? しゃっくりって、100回言ったら死んじゃうんだよ〜」
「マ、ジ、っで?」
しゃっくり混じりにルークは聞き返す。
ここでティアかガイあたりに聞いておけばよかったのだが、幸か不幸かティアもガイもおらずジェイドに疑問をぶつけてしまって。
瞬時に胡散臭そうな笑みから面白そうな笑みに笑顔をすげ替えた大人は、子供の疑問に優しく答えてやる。
あくまで、表面上だけは。
「そうですねぇ、そういった事例もあるそうですよ?」
無知な子供は知識を得ることに貪欲で、どんなに嘘臭い話でも信じてしまう。
それを承知でからかう軍人と守護役は質が悪い。
救いは、同じく庶民の常識を知らない王女様がいないあたりか。
彼女は今ガイとティアとともに買い出し中である。
「ど…っく、やった、らっ……止まん、だよっ?」
「そういう時は、驚けばいいんだよっ。ほらっ!」
いきなりトクナガを大きくして襲いかかってきたアニスに、ルークは大声をあげてひっくり返った。
ルークをトクナガで押し潰して、アニスは楽しげに訊く。
「ねーねー、驚いた?」
「そりゃ驚くに決まって……っぅく」
「ありゃりゃ……」
驚いたはいいものの、しゃっくりが止まるまでとはいかなかったらしい。
しゃっくりの回数もだんだんと多くなってきて、100回言えば死ぬ、という嘘を頭から信じているルークはトクナガから抜け出して顔を真っ青にさせる。
「……オレ、このまま死ぬ、ひくっ、とかないよな?」
からかっておいて何だが、なんだか可哀想な気がしてきた。
アニスはほんの少しだけ反省する。
が、そんなアニスの反省をフルスイングで場外ホームランにしてしまう男がいた。
最後の頼み、とばかりに縋るような目で見上げたルークを、胡散臭い笑顔が売りの軍人は心底楽しそうな笑顔で見下ろしていた。
「ジェイド……」
「では次の手段ですね。息を止めてみましょうか」
「息っを、?」
イイ笑顔で頷いた軍人は、アニスが止めるのも構わず(むしろ譜術で返り討ちにして)ルークの顎を掬った。
「こんな風に」
唇に何か当たっているな、とルークが思うのと、ジェイドの綺麗な顔が離れていくのは同時だった。
その間、数十秒。
何が起こったのかわからずまばたきを繰り返すルークに、ジェイドは満足げに唇を歪める。
トクナガを巨大化させたままのアニスが、灰のように真っ白になっているのを横目に、ルークの肩を優しく叩く。
「しゃっくりは止まりましたか?」
「え? あ、うん。止まってる……」
「そうですか。それはよかった」
滅多に浮かべることのない優しい笑顔にルークが頬を朱に染めるのと同時に、我に返ったアニスがジェイドにトクナガを差し向けた。
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しゃっくり続くと喉が痛いですよね。