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すぅっと深呼吸をすると肺に冷たい空気が流れ込んできた。
はぁっと吐き出すと息が白かった。
「寒いねタマキ君」
隣を歩く彼に声をかけた。
「この間まで暖かかったと思ったら急にだもんな」
問いかけに少し不満そうに口を尖らせる癖は何年たっても変わらなくて、そしてとても可愛くて。
「イチョウが一気に色づいたね」
「うん。今年も変わらず綺麗だ」
見上げたイチョウ並木が空一面を黄色に染め上げている。
あれからまた何年かが過ぎた。
タマキ君が教官として育てた特殊部隊の人間も少しずつ増えてき、俺は殆ど現場へ出る事は無くなった。
練習でも銃を握る回数が減ってきた。
このまま本当に銃なんて無い世界で生きられる気さえしてきている。
警視庁の監視が付いている身としてはそれが幻想に近い感覚だという事を分かっていても、それぐらい銃を握らない生活が染み付いてきている。
徐に鼻に手を充てると、タマキ君と出かける前にしてきた料理の仕込みの匂いが微かにした。
カサカサという音が先か風が先か、見上げた空に散った落ち葉を巻き上げた。
ふわっと木の葉が舞い上がる。
咄嗟にタマキ君を抱き寄せ、風から落ち葉からタマキ君を庇った。
「目にゴミ入らなかった?」
腕の中のタマキ君を見下ろすと、顔を真っ赤にし金魚の様に口をパクパクさせていた。
「おっ、お前、人前で」
「大丈夫、誰も見てない」
「嘘…」
「本当」
チュッと額に唇を落とし彼を腕から解放した。
真っ赤な金魚が今度は目を尖らせた。
「カナエっ!」
「タマキ君の声でみんな振り返った」
「えっ!?あっ?」
きょろきょろと周囲を見るとタマキ君は小さくなってしまった。
「大丈夫、気にしないで行こう」
そっとタマキ君の手を取り並木道を歩き出す。
引かれる手にタマキ君はついてきてくれる。
「寒くなって痛み出てきてない?」
「うーん。痛くはないけど違和感は拭えないかな」
知っている。
まだ右足を庇いながら歩く彼を。
ヘリコプターの中でアマネに刺された傷は何年たっても完治はしていない。
それを知っているから本当の痛みは彼にしか分からない事だから聞かないと安心ができない。
「それよりカナエ」
「なに?」
「カナエは俺の事ばかり気にし過ぎ」
「そうかな?」
「そうだよ。さっきも木の葉から守ってくれたり、この間は段差がある時に手を貸してくれただろ。それに今も…」
俺は少し驚き目を見開いた。
「ごめん。うざかった?」
「そうじゃなくて。俺の事ばかり気にしなくて良いんだ。自分の事も気にしろよ」
少し怒った口調で言ったと思ったら俺の手を引っ張った。
「えっ?」
「さっき切っただろ」
目の前に自分の手の甲を突き出された。
そこはミミズ腫れになっており、端には血が滲んでいた。
そういえばタマキ君を抱き寄せた時に服のファスナーに手が引っかかった。
「こんなのなんでもないよ」
「でも、俺が嫌なんだ。今の俺の気持ちはカナエが俺を気にする気持ちと同じだと思うんだけど、違うか?」
真剣な眼差しが俺を捉えている。
「同じ」
「そうだろ」
ニッコリ笑うとタマキ君はバックからハンカチを取り出し、食べ物の香りがするその手をそっと切れた手の甲にあてがってくれる。
あてがってくれたハンカチからは消炎の匂いがし妙に懐かしく感じ、同時にタマキ君への愛おしさも湧き上がってきて。
「タマキ君」
「うん?」
見上げた大きな黒い瞳には嬉しそうに笑う俺が映っていて。
「俺はタマキ君が大好き」
「カナエ?」
「タマキ君が何度も何度も今が幸せを教えてくれる。それが嬉しいんだ」
「うん、カナエが幸せだと俺も幸せだ」
そう言って優しく笑うタマキ君は出会った頃と比べると随分と大人びた表情をするようになったと思う。
俺たちが過ごしてきた時間の長さを感じる。
出会った頃からもう二ケタの時を過ごしている。
「寒くなってきたね」
カサカサとまた枯葉が音を奏でる。
「そうだな、帰ったらココア飲みたいな」
「じゃぁ、牛乳買って帰ろう。昨日終わっちゃったんだ」
「この先にあるスーパーで良いか?」
「うん」
当たり前のように太陽の下を歩けるようになるには沢山の時間が必要だった。
だからこの何もない日常がとてもとても幸せで。
「毎日が楽しいな。お前が居て俺がその隣に居る」
「以心伝心ってあるのかな?」
「え?」
「俺も今同じ事考えていた」
「本当か?」
「本当」
微笑む俺にタマキ君が頬を赤く染めた。
「はっ、早くスーパー行こう」
「うん」
先を行こうとするタマキ君の手を掴むとしっかりと握り返してくれた。
この細やかな日常が明日も続きますようにとタマキ君の先に見える教会に願わずにはいられなかった。
181218
END
久し振りに書くのに誰が良いかなぁと思いながらカナタマで書かせていただきました。