───“ホワイトムスタッシュカンパニー”。


 今やその名を知らない者はないに等しい。従業員数わずか千六百名でありながら、業界一のシェアを誇り、世界一の優良会社とも名高い貿易会社だ。社員を家族として扱う社長の温かい人柄、ずば抜けた好待遇と福利厚生、直属の課長を百人ずつの小さな課の頭に置くことで全社員に目を届けようとする、風通しの良い斬新な社風。そして、社長が何十年もかけて築いてきた、全世界に渡る幾十ものグループ・傘下会社の存在。言うまでもなく未来ある若者たちの憧れの的で、昨年の入社試験の倍率が千倍を超えたという報道がメディアに大きく取り上げられたことは記憶に新しい。


 それに加え、最近専ら話題であるのは───、




「……ま、ざっとこんなところかねい。オヤジ、なにか補足はあるかい?」

「馬鹿息子が。おれはオマエの好きなようにやりゃあいいと言った筈だ。つまらねえ会議に呼び出しやがって。」

「まァそう言うなよい。今回のプロジェクトで何億って金が動くんだ。勝手にゃ判断できねぇよい。」

「フン、テメェの尻拭いのためにおれがまだ現場にいるんだろうが。端っから成功するなんざ期待しちゃいねえ。」


 一見すれば、なんと愛のなく口の悪く愛のない父親だと思われることだろう。しかし、彼らの間に血縁関係は一切ない。それなのに中年の男が老年の男を父と呼び、老年の男が中年の男を息子と呼ぶこと──その男の誠実さを買って少年期から男手ひとつで育て上げ、成人と同時に養子に迎え入れたこと──を考えれば、自ずと先刻の悪印象は消え失せることだろう(尤も、よく見れば互いに相手を見る目が愛に満ちているのだから、すぐに誤解は解けるのだが)。

 カンパニーの好業績は、この社長の人柄の良さや膨大な人脈は勿論、息子であり副社長である彼の力添えによるところも大きい。彼は社長を何よりも愛して敬い、彼の為に決して威張らず傲らず我が身を粉にして働いてきたのだ。

 そんな彼は養子出の副社長であることを蔑まれることも妬まれることもなく、副社長であるべく存在と認められ、社員からの信頼を一身に浴びている。子供は親の背中を見て育つとはよく言ったもので、彼が彼の父親の為に全力を注いできたように、社員たちもまた彼の為に全力を注ごうと奮起しているのだ。社長が社員を家族として扱うのも、頷ける。




 さて。この順風満帆な会社に、設立以来最大とも言える嵐がこれから訪れるなど、誰が予想できたであろうか。




 ───季節は春。明日はめでたくも入社式である。






-エムブロ-