最初の興味はその強靭な胃腸だった。あの細い腹部の何処にあれだけの食物が消えていくのだろう。麦わら屋にも言えることだが胃下垂なんて言葉では済まされない超常現象だ。その理由を解明できれば過食による肥満や栄養過多を撲滅できるかも知れない。そう考えていると次にその食道が気になった。噛むというよりは流し込むといった食べ方を繰り返したそれはきっと屈強に鍛え上げられているのだろう。移植かはたまた増殖か。食道の病の処置に新たな可能性が見えてきたというものだ。そして最後にそれらの入り口である口腔に目が付いた。決して小さくはないけれど特記するほど大きくもないそれはブラックホールを連想させるほどに容易く食物を飲み込んでいく。あれに喰らい付かれたが最後だな。鮮やかな桃色の愛らしい口紅に誘われて近付こうものなら一気に飲み込まれてしまうのだろう。ああ本当にひとたまりもない。未知なる可能性を多大に秘めた口腔だ。そう思って苦笑を浮かべれば悪寒に似て非なるものが突如として背筋に流れ込む。ぞくり。あまりに突然のことにおれは頬杖をついていた手から滑り落ちテーブルに顎を強打する。けれど部下が近くにいる手前なんとか平静を装って身を起こした。本当は顎が痛んで涙が出そうなのだけれども。しかし参った。どうも新たな治療の可能性を考えるうちに研究対象であるジュエリー屋のことばかり考えすぎてしまったらしい。変な方向へ思考が飛んでしまったのはきっと煮詰めすぎたせいだろう。おれは軽く背伸びすると席から腰を上げて心の奥から湧き上がった下らない欲望を強制的に遮断した。我ながら莫迦げた感情と趣味に苦笑する他ないというものだ。



(おれも、その魅惑の口腔に噛み付かれ、食道に流し込まれ、胃腸に取り込まれてしまいたい、などと。)






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