「俺に何があるというの」
綱吉が2人に訊いたのは、単刀直入にそれだけだった。訊かれた隼人と武は、ほんの少し難しい顔をする。
「犯人の狙いは俺だよね。でも、妖絡みで何の理由もなく襲われるなんて考えられないんだ。…俺には2人がいるから」
何があっても自分を守ってくれた。それに2人は妖といえど神の名を冠する存在だ。―――その2人が傍にいて、どこの無知が綱吉を襲うというのだろう。
「……もう一度、訊くね?…俺に…こんなひ弱な俺に何があるというの」
2人は黙ったまま。けれど、先ほどより、表情が強張っているのがわかった。
「………それは…」
「わたしから話すわ。ごめんね、武くん、隼人くん」
凛とした声。振り向くとそこには、綱吉の母親である奈々がいた。
「しかし奈々様…!」
隼人が止めに入るが、奈々は首を横に振って退かない。武が諦めろと言うように、隼人の肩に手を沿えた。
「母さん…」
「あのね、ツナ…」
ちょっとだけ、昔話をしましょうか。
やけに冷える夜だと、雲雀は思った。
「いいの?雲雀くん」
「………あの人が決めたことだ。…若旦那様も、事実を知りたがっているし」
「うん…」
その冷える原因かもしれない白蘭は、雲雀の隣で静かに顔を伏せる。
当時の沢田家の娘は、身ごもった子供を、産後すぐに亡くしてしまった。
子供とともに希望をなくした娘に、二度と子供は宿らなかった。
見かねた娘の母が、命を賭して娘に希望を与えた。―――代価は重かった。
「そりゃあそうさ。僕だって、奈々ちゃんから聞いたもん。……あの子は…反魂香で生き返った此処の一子だって」
奈々の母の命を汲んだかのように…宿った命は――とても弱々しくも、生まれてきた喜びに泣き声をあげてくれた。
「私の母は、妖だったの…。…そうして、母自身が神のお側で尽くす代わりに…私にアナタを授けてくれた。母の名は皮衣」
命を贖う――反魂香で。
皮衣は今、その代価として神の側に。
「俺は死んでしまった一子の生まれ変わりで…その反魂香の香りが今も…」
「だから壊れてしまった墨壷が……キミを狙ったのですね。自分の命を贖う為に」
「あら、骸くん」
「お久しゅうございます。…奈々様」
突然ふわりと現れた骸に、綱吉は瞳を大きくする。否、むしろ―――
「母さんてば、妖が…!?」
「えぇ…。私も、半分だけ妖の血を引いているから。隠しててごめんなさい?」
「びっくりした…。じゃあ…」
「えぇ…。…雲雀くんも白蘭くんも…千種くんに犬くん、髑髏ちゃん」
私には、ずーっと、みんな、見えてたわ。
微笑む母親に、これほどまで驚いた事などないだろう。綱吉は今まで妖たちの存在を隠していた自分に疲れて、肩を落とした。
「はぁあ〜…」
「妖たちはみんな知っていたしね」
「うえぇ!?」
綱吉が武と隼人に目を向けると、武はごめんな〜と言い、隼人に至っては土下座までして謝っている。
「……見えてないのは」
「父さんだけよ」
「ぶぇっっくし!!…んー…?奈々やツナが噂でもしてるのか…?可愛いヤツらめー!父さんは今から帰るぞー!!」
―――地面が割れたような、そんな衝撃。
綱吉達はもちろん、雲雀や白蘭にもそれが何なのかわかった。
「白蘭!」
「うん…。来ちゃったよ…。閻魔より恐ろしい初代沢田家頭首様が…!」
綱吉の目の前に現れたのは―――まるで、もう1人の綱吉自身。
「……あ………だ、誰…?」
綱吉が訊くと、その人物はゆっくりと薄い唇を開いた。綱吉はその動きにさえ、気品を感じる。
「………白沢…犬神」
「「はっ」」
呼びかけると、2人は畳に膝をついた。
奈々も座り方を正す。
「………おのれらは一体何をしていたんだ役立たず共めが!!何故に綱吉が私の存在を知らぬ!!あれほど伝えておけと申したはずだこの阿呆共!!」
「「申し訳ありませんでしたぁああ!!」」
こんな2人は見たことがない。
綱吉がぽけっとしていると、鈴の音を鳴らして、雲雀と白蘭が部屋に入ってきた。
「やはり貴方でしたか…初代」
「鈴ノ君か。久しいな」
「相変わらず綺麗だね、初代」
「黙れ白蘭。かっ消すぞ」
どこか聞いたことのある言葉を言い、綱吉そっくりのその人物は腰を降ろす。
「若旦那様。…此方は見越の入道様。初代沢田家頭首だった御方だよ」
「貴方が…」
「恭弥が暴走したときに巻き込んじゃって…若かったし、それでいて魂が純粋なままだったから神の名を冠したの」
綱吉は雲雀の紹介を聞いて、もう一度だけ初代をまじまじと見つめた。
「僕もお世話になってね」
「貴様が埋められる時に一度と…向こうで五度会ったな、鈴ノ君」
「っ、その…度は…まぁ…大変なご迷惑をおかけしまして…」
とてもやりにくそうに言葉を紡ぐ雲雀。
「いいなぁ…。僕なんか向こうで二回しか会ったことないよ」
白蘭はそう言いつつ、何気に初代の膝に頭を乗せている。所謂膝枕だ。
「五月蝿い。たった二回会っただけでこの私に恋文を寄越すなど…。そんな無礼者に会いたいなどと思うか。殺すぞ」
悪態をつきながらも、ゴロゴロ甘えてくる白蘭を見て微笑む突然の来客者・初代に、綱吉は首を傾げた。