クマシエル
【小説】うちの母が宇宙の被捕食者だった件D
2017/02/28 05:20
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 オカンの日記は俺の事ばかり、正確には俺の体についてしか書いてない記録だった。
読んでたら俺は家畜になった気分になった。
だけど1つだけ分かる事。
俺はいつもオカンの1番だったって事だ。
その証拠にあれだけべたべたしてた親父の事は本当に書いてない。
ざまあみろと思ったが別にマザコンではないからな。
行き先の手がかりになりそうな最近の記述には、何故か俺のトレーニングメニューを書き出してある。
退院したばかりだから今は無謀だが、頭蓋骨がもう少し塞がればやってみてもいいかと思う。
 まー、何食か食べなければ痩せるし走らなくてもとは思うが。
 ところでうちのオカンが俺の食生活にやたら熱心なのは女子大で管理栄養士たらいう資格をとったからだが、居なくなった今は好きにジャンクフードを食べれるのにあの日の他人丼が恋しいなんて意外だ。
あ、いや、マザコンじゃないぞ。

 猛烈に腹がへりカップ麺でも食べに台所に行く。
俺は部屋を別物にされてから引きこもれなかった。
物にあふれた空間に落ち着いていたのに、今のあの部屋、それに家中落ち着かず、いっそ外に散歩に出る方が気楽な時もある。
でも近所のババアどもに見つからんようにしないと。
やつらがこそこそ俺がクズで救いようがないと陰口叩きまくってるのがくそウザい。
前にオカンが表であけすけに言われたのが聞こえてあの時だけは悪いと思ったぐらいだ。



 同じ時間、違う場所で━━
 とにかく、あいつがどうしようもないクズになったのは自分のせいだとマクアサラスは思っていた。目にする度に自分のコピーがいるようで目をそらさぬだけで精一杯なのだ。
遠い昔故郷の軌道星を出る時に親代わりの師匠に言われた事をいつも思い出す。
「マクアサラス(星)から離れるのはお前にはいい事だ。お前みたいな男は知り合いを狩るには向かん。むしろ異星人相手のはぐれ狩人がいい。情を捨てろ。わしからの助言はそれだけだ」
 故郷を離れてより永い間マクアサラスという生まれた星の名で呼ばれ生きてきた狩人は、狩人としては並外れたマクアサラス星人特有のわずかな匂いもまとわぬ肉体をして外宇宙の高価な食肉を狩り続けてきたが、今やその人生に飽いていた。
それで死にたくなったのか。
ある時、地球で狩った食肉から外した種を自分で飲んだのだ。
だが、マクアサラス星人はそこまで稀代な人種だったものか、種の生き物はマクアサラスの意識を飲み込みもせず、何故か眠ったままのような状態で彼の中にとどまってしまう。
そのまま何年もの間、マクアサラスはどういう事になったのか考えながら生きてきた。
眠ったままのような種でも、食肉の匂いを発しておりそれを追って狩人達は来た。
 あれから━━
あまたの狩人を撃退してきた。
初めは自分の意識を保ちながら狩人におめおめ殺られる訳にはいかず。
死んでもいいと思いはしても凄腕の狩人のプライドが弱い奴に殺られる事を許さない。
 そしてここ30数年。
マクアサラスは今もひたすら戦い続けていた。
ただ、理由は変わった。
それは彼女に出逢ったから━━

 初めての時こんなに旨そうなくせに軟らかな匂いは初めてで。
どんな食肉の匂いも今では自分では食べる気も起こらぬ強い匂いに感じ気持ち悪くなるは、狩られる立場を経験し狩人をする気もすっかり失せていた彼だったが、彼女の匂いだけはそこはかとなく忘れ難く、いっぺんで心をつかんでしまった。
あれから、彼女と、自分が彼女といられるようにとだけを思い戦うようになったのだ。
彼女の為に生きたいと思えた!

 そして1つ彼女を知って理解してきた事がある。
食肉は他の食肉の匂い(この場合はマクアサラスの中の種だ)には気づかず、普通の狩人の匂いは感じるらしいという事だ。
 そこから仮定すると、食肉を育てる種達はもしかしたら入った先の人間の匂いで目覚め、元の人間の意識を支配下に置き、食肉を育てるのではないか?
狩人の彼にはただの人と食肉の匂いの違いは分かるが、種は多分人間の匂いと(無臭でない)狩人の匂いしか分からないから、その2つの匂いにしか反応しないのだろう。
 その証拠に彼女は元々無臭の狩人マクアサラスが食肉の(種の)匂いを出していても、何も気づかなかった。
マクアサラス星人の数割かは彼のように無臭だが、あの星でも狩人達は食肉の匂いを辿って狩りをする。
つまり、食肉の種は食肉以外の匂いがある肉にしか反応せず、極めて資源に乏しいマクアサラス星人で無臭な者は高給取りの狩人になるのが当たり前なので、無臭のマクアサラス星人に種が入るような珍事は偶然にもおよそ起こり得なかったという訳なのだと思う。

 ただ、マクアサラスだって分かっていた。彼女が今の体のままずっと居られない事は。
彼女が種である限り育てた食肉を無駄にはしたくないのも。

 だからあの日狩ったのだ。
         続く



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