【小説】そして今日環状線で(前編)
2017/01/29 23:50
《逢魔が時にはこの世と魔界が繋がる事があるという噂がある。》
〈次はサンダンジ、サンダンジ〜〉
(え、何てった?)平泉は顔を上げた。まあいい、駅を確認すれば…
目を細めて近づいてくる駅に目を凝らした。
恐らく三ノ宮に見えるけど。
(……!?)
「サンタマニ?」
駅名が読めない。
字は『撒弾似』なのだが、初めての字面で常識的とは思えないのでこれは読めない。
結局、三ノ宮みたいだったが降りなかった。
どのみち三ノ宮ならまだ降りる駅でもなかったし。
車窓に違和感は特に無い。
いつものJR神戸線の景色だった。
すぐに元町が見えてくる。
慣れた車内アナウンスを惰性のように待ち構えた。
〈まもなくホンジョウ、ホンジョウです〉
「え?」思わず立ち上がり、周りを見回していた。
どう見ても元町の街並みに見える。
自分以外に取り乱している様子の者は無くて、彼らは当たり前のようにくつろいで見える。
見逃す訳にはいかないと、平泉はキッと駅名を見据えた。
(…ハン、チョウ? いやハ、じゃなくてホンジョウといった!?)
字面は『反長』だ!
これをホンジョウって読むのか?
おかしい。
普通じゃない、…よな?
だが、もし元町でもまだ降りる駅ではないので、午後早い時間のがらがらに空いた車内で再び腰をおろした。
このままだと次もなのか?
ここがJR神戸線じゃないなんて信じがたいがそうなのだろうか?
いや、勘はいつもの景色と告げている。
そして━━
〈次はカノエ、カノエ〉
それから━━
〈次はサカナダ、サカナダ〉
まだ降りるつもりの駅の景色に似た所じゃないから先伸ばしにしているものの、段々決断の時は迫っている。
あと、あと普通なら新長田、鷹取、須磨海浜公園駅、須磨、そして降りるはずの塩屋となるはずなのだ。
だからあと1、2、3、4、5番目の駅で降りるのか?
でも今までと同じく名前が違ったら?
降りていいのか?
何とはいえない気持ち悪さに襲われている。
近くに座るおばさん、いや、妙齢の婦人が平泉を胡散臭げに視線をくれていた。
いや、俺は頭がおかしい訳じゃない!
断じて違う、はずだ…
そうなのか?
いや、まさか有り得ないが目がおかしくなったとしても、間違いなく正気だ!
絶対だ!
そして新長田に見える駅も、鷹取に見える駅も、須磨海浜公園駅みたいのも、やはり変な別名で非情にも過ぎていった。
次がほぼ確実に須磨もどきだ、もうあとが無い。
〈次はヤギ、ヤギ。この電車はヤギで快速電車と待ち合わせします〉
やっぱり。
どうしても知らない駅名しか言わないつもりなのらしい。
それでいて景色はただの須磨にしか見えないが。
須磨もどき、ヤギ、か?でしばらく停車している間、平泉はとにかく考えた。
考え抜いた。
そして最後はほぼ自棄っぱちで決めてしまった。
とにかく塩屋もどきでも降りる!
それしかない!
果たして、快速も来て電車が再び走り出した。
塩屋(もどき)を緊張して待ち構える。
そして━━
次の駅がコールされる。
それは、予想にたがわず塩屋ではなくて、でも何故か塩屋もどきでもない、だが正気とも思えない名前だった!
〈次は…〉
〈サンダンジ、サンダンジ〜〉
続く