ピストルのような恋は辛いだけ








唇がかさかさしている。



銀時はときどき夜半に目が覚めた。
そして睡りからはっきり覚める前に、すでに何かが自分の内でまた睡るようにと囁くのだ。
それが唯一の休息であるかのように、再び暖かさの中へ、無意識さの中へ戻れと。
だが、銀時はもう自分に言い聞かせている。


『───ただ喉が渇いただけだ。 起き上がって、台所に行って水を飲んで、また睡ればそれでいいだけだ。』


けれど立ち上がって、電燈に照らされた自分の姿を鏡に写し見、そして生ぬるい水が喉の中を流れはじめると、絶望が彼を襲うのはわかっていた。
そして現実に、肉体的な苦痛を感じて、ぶるぶる震えながら再び寝床にもぐるのだ。
両手で頭を抱え、うつ伏して横になると、銀時は自分の体をシーツに押しつけた。最悪なことに、あの少女に対する銀時の唯一の恋といえるものが、生暖かい生身のケモノであって、彼は激昂によって、こんなふうに自分の皮膚とシーツの間でそれを圧しつぶすことしかできない。
銀時の記憶、銀時の想像は、猛々しいふたつの味方に変わることはなかった。神楽の顔と、血を流した行為と、過去にあったことと、過去にあり得たこと……。そして絶え間なく、睡い銀時の肉体の反抗、愛想を尽かした自分の物分りのいい反抗があった。
彼は上半身を起こしてまた言い聞かせた。


『───誰にも知られてはならない。

俺は、俺を男として愛していない娘を愛してる。永遠の片思いってやつだ…。悲しいのは当然だ。 誰にも知られちゃならない。 報われたいなんて思ってはならない。その時が来れば……いや、もう来ないかもしれない。でも、また戻ってくるのなら、いつでも縁を切ってやらなくてはならない……』


銀時は決定的に神楽を忘れる方法を探しもした。
今さら卑屈で幼稚な手段を用いて、この本音を暴露する。何のために。
永遠に傷つきはしないと説明する。何のために。
だが、この妄想こそ、その卑屈さや愚かさによって、自分を少女に連れ戻すという目的のもとに、銀時の興味を惹いていたに過ぎない。何よりこの残酷な方法によって、自分が過去から…神楽の過去から離れられると思うやいなや、銀時はもう絶望の方を選択していた。


恋多き者が言うように、単に反抗すればいいのだ。
けれど誰に反抗するのか? 
銀時は正直、他の誰にも絶望など持てなかった、自分自身に対してもだ。
銀時は神楽との関係においてのみ、其処に興味があった。



雨、パラソル、少女。


秘密基地の鍵。



処女期。 汚物。 倦怠……。




再び逢いたくないと思った。
手に入らないならもう二度と。
一生傍に置けないならもう二度と。
また戻ってこい。それは神楽のために言える言葉であって───じっさい言わなかったし、彼は言えなかった───本当なら一度離れてしまえばもう二度と戻ってくるなと言いたかった。



雨、パラソル、神楽。


秘密基地の鍵。


処女期。 汚物。 倦怠……。



それは、決して終わることがないんだろうか。
神楽があっけらかんと銀時のもとを巣立ってから、もう一年以上も経っていた。
神楽は銀時が暗記してしまった、優しくて悲しい短い微笑いを最後に寄越しただけだった。

銀時を力づけてくれたことは、これまで少女の思いやりに対抗していたその物分りのいい諦観───神楽を守護し、馬鹿にし、彼女にくだらない対話を吹き込んでいたひ弱な諦観──が、徐々に味方になってきたことだった。
銀時はもう、


『許されるわけがない』


とは言わなくなったが、


『どうしたらこの損失を埋めることが出来るのか』


と、自分に言い聞かせていた。


夜は果てしなく味気なかった。悲しみにとり憑かれて、いずれも抜け出せるかわからない…。
けれど、昼間は仕事やもう一人の仲間にどうにか支えられ、ときどき速く時間が経つことがあった。
一つの疑問のように、銀時は『自分と神楽』について考えた。
しかしそれは、あの堪えられない瞬間、銀時を道の真ん中で立ち止まらせ、銀時を悲惨さと怒りで満たす、銀時の内を下がってゆく何かを遮ることは出来なかった。
そんな時、彼は秘密基地に逃げ込んで、そこにある記憶の残骸を物色するのだ。そしてその遺物のおかげで、銀時は自分に5分間の憂鬱をもてなすことが出来た。終いにはそこを唯一知る共通の青年が、たまに銀時を見つけて、その宝探しにすっかり飽きるようになってしまった。けれども銀時は、その一つ一つの秘密を知りたがった。
彼は血と精液の匂いを想い起こした。此処をそれらで汚してしまいたかった。いっそまたグチャグチャにしてしまいたかった。瓦礫にこびりついていた誰かの記憶分のことは得たのだ。銀時は自分を厭わしく思った。


「またここにいたんですかー、銀さん」


朝、辛抱強く青年のひとりがよく言った。


「神楽ちゃんが帰ってきたら怒られますよー。加齢臭がするって」


銀時はそんな不確かな未来に苦しくなかったが、この場合それは彼を元気づけてくれた。


「帰ってきたら、もうここじゃ寝れないだろ」


と、彼は青年に言った。


「そうですね。でもきっと、神楽ちゃんはここを覗くと思うな。彼女の秘密基地みたいなもんですから」


本来なら立ち入り禁止のシェルターのように言われて、それは銀時を納得させた。どこでだって、瓦礫の記憶はいつも銀時に、あの少女が絶望だということを納得させてくれたのだ。
銀時はこの要求が、彼の恋と結びついていると同時に、離れたものだということをよく知っていた。
銀時は、人間、共犯者、彼の情熱の対象、敵を、神楽の中において切り離すことがまだ出来た。
少女を実際よりも少し軽んじてみることが出来ないこと、よくぐずぐずした煮え切らない奴らに対するように出来ないことが、確かに一番まずいことだった。
銀時は時々自分にこう言うときもある。


『──可哀そうな奴だわ。 アイツにとって俺は、過去も未来も重荷で、どれだけ弱みだったんだろうな……』


そして銀時は、真剣になってしまった自分を軽蔑した。もしそうでなかったら、思いやりから、あるいは口惜しさから、神楽は彼にもっと執着を感じたかも知れなかったのに。
けれど銀時は、神楽が口惜しさというものを知らないことを知っていた。相手は的ではなくあの夜兎の少女なのだ。
彼はどうしていいか解らなかった。
すべては神楽が帰って来ないことにはどうすることもできない。
けれど、何時だって、ただ愛していたかったのだ。










fin


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01/28 07:15
[銀魂]




・・・・


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