プロメテウスのように、彼女が天から奪ってきた火










どんな日も美しく、激しく吹きつける嵐にさえ、血湧き、肉踊る。










神楽は宇宙最強の種族『夜兎』の末裔だった。
その名を耳にするだけで忌み嫌われるといった不吉な噂どおり、銀時に出逢うまでは随分と苦労したらしい。
それでも彼がそうであるように、彼女が自らの過去をすすんで誰かに話したことは一度もなかった。
弱みをみせたがらない──そういった強がりとは少し違う──神楽は、そう、言うなれば気高かった。
神楽にはそういった一種の崇高さ、とでもいえばいいのか、けっして何ものにも染まらぬ、混じりけのない凛とした光が瞳の奥には隠されていた。
それは、誇り高き孤高の戦闘部族と賞される、その本質所以なのかもしれない。
だが、神楽の皮膚をおおう、蜜のようなミルク色の稚気とともに、見る者に気になるものを出しつづけている。
あるいは───捕われの身、寸前まで。



二人が一緒に暮らすようになったきっかけは、過去との訣別となったあの事件に、銀時が力を貸したことが始まりだったが。その後も、彼が彼女の庇護を惜しまなかったのは、───同じく過去を引き摺る者としての同情も、何者をも見捨てては置けない彼の性情ゆえの誠実さも──、若くして自己の否定から出発せざるを得なかった生い立ちにより、度重なる失望を味わいながら、それでも、それら全てを受け入れて進む潔さに対する、彼女への淡い憧憬もあったろう。
だが、本心を明かすと、自らを信じる為に、その凶暴なまでの本能を受け入れ、ひとたび変わると決めたら最後、躊躇いなく戦いを望んで後に引かなかった、そんな神楽の気風が何より気に入ったからだ。
といっても、やはりまだ年端もいかない少女である。当初の頃は神楽も、生まれて初めて得た止まり木に、ただただひとつの命綱のごとく離れることの恐怖に縋り、寄り添っていた。
ようやく手にした安寧を素直に享受するには、荒波に揉まれ過ぎたのだ。
受けとる安心よりもはるかに大きな自己の不安を、常に噛み殺していたように思う。それこそ誰にも気づかせることなく。他の追従を許さぬ毒舌と度胸の良さで、常に擬態することを得意としていた。
しかし、気づかれていないと思っていたのは神楽だけで、時折うなされるほどの悪夢に苛まれる彼女も、ごくたまに幼な子のように震え、細い身を自らの腕で抱きしめずにはいられなかった彼女も、銀時は知っていた。
知っていたからこそ、見守り続けることしかできない自分も、銀時にはわかっていた。
若くして厭世を覚り、自我を追い込んだ彼だからこそ、嫌というほどわかっていた。
たとえば、身の内から湧き上がる震えるような葛藤を、その苦悩を、いったいどうして他者に暴くことができるだろう。
どうして他者が理解しえると思うだろう。
他者を想えば想うほど、神楽の矜持がそれを許さないことを、銀時は知っていた。
それらに見合ったケアなど無いに等しいことも、知っていた。
それ以上に、真に自分に課せられたものを理解し、逃げず立ち向かおうとしている者を、どうして見守る以外できるというのか。
それがいかに困難であるかを知るだけに、尚更そう思わずにはいられなかった。
人が本当の意味で誰かを手助けできる事など、実に限られているのだ。
せめて見守っていられたらと願うその想いですら、自己満足ではないと言い切れないのだから……。
おいそれと触れていいものではなかった。
神楽の根底にも。彼女自身にも。
どうにもならなくなって初めて神楽が助けを求めようとした時、そのSOSさえ見逃さなければそれでいい――そう思っていた。
物事においてのタイミングがどれほど大切かを知るからこそ、銀時は神楽を見守り続けることしかできないでいた。
自惚れるわけではなかったが、だからこそ彼女も、背筋を伸ばし、銀時とともにあり続けたのだと思う。
たとえ血しぶき広がる凄惨な光景に出くわしたとしても、何一つ畏れることはないと、毅然と見つめていた瞳を覚えている。
キッと唇をひきむすんだ血の気の失せた横顔は、時に何かを耐えようとしているようにも見えたが、何よりも気高く、美しかった。
どんなに望んでも、自分には望みきれなかった世界、果たせなかった憧れがそこにあるように思えた。
もしかしたら自分は、それを神楽を通して見てみたいと思ったのかもしれない───。




銀時との約束を守り、護る者の為に諦めず走り、新八の助けに涙しながらも、神楽が傷だらけになって銀時の元に現れたあの時も。彼は誇らしさと、心からわき上がる無上の喜びに天を振り仰いだのだ。
あの日、あの時、それは、いつでも神楽が。
無事で何よりだという思いと、必ず自分の背を追いかけてきてくれるという信頼。


これほど尊い存在を知らない。


自分の「力」でだれかが傷つくことを酷く恐れ嫌う。
潔いほど自分に厳しくひたむきで温かい。
尊敬に値するほど強く澄んだ心根。
容姿の美しさだけではなく、神楽のすべてが誇らしい。


―― 自分の戦場は自分で決める。

── アイツは私がなんとかしなきゃいけないネ。


まっすぐに前を見つめ、神楽は言い、隣りに並んだ銀時の返事も待たず踵を返すと、躊躇なく戦場に身を躍らせた。
揺れる花のような綺麗な髪と細い背中を見送って、銀時は胸が騒ぐのを抑えられなかった。
いつもいつもどれだけ自分がその小さな背を心配しているか、きっと神楽は知らないだろう。
だがそれでいい。
これほど真っ直ぐに前を見据えて逃げない奴を自分は知らない。
同時にこれほど真っ直ぐに苦しむ奴も自分は知らない。
神楽よりも長く生きそのぶん辛酸をなめてきた銀時には、神楽の心、それが危うい弱さだということを痛いほど分かっていた。
気高さや優しさだけで人は生きていけない。
見かけや才能(苦しみ)など長くは続かない。
反対を押し切り、銀時に先を行かせるためにいつも不敵に笑って大丈夫だとこの背を押してくれる。最初は、厄介の種であり、問題ばかり抱えてそうなこの少女が何をどう変わっていきたいのか見るのも一興、まぁ傍に置いてやってもいいと受け入れた。
だが、今は違う。正直、心酔している。この美しく気丈な少女に。共にあり、頼られることを誇りに思っている。



当たり前のように朝陽を受けて傍にいる神楽の双眸は、陽の光よりなおあざやかに、空を射ていた。
折れた腕以外──負った酷い傷の数々は大体癒えてしまったが、その心の奥には癒えない傷をまたひとつ抱えてしまった。
新八は何かを言いたそうにしていたが、神楽は何も言わなかった。
銀時はあえて聞かなかった。
聞かずとも、今傍にいる神楽が全てだった。
自分はどんな彼女でも受け入れる。
神楽が神楽である以上、何ものにも変えられないともう知っている。理解している。
だから、何も変わることなどないのだ。
怖れることなど何もない。
あざやかな双眸の中にひた隠しにされた僅かな暗い揺らぎを見てとって、銀時は心の中でささやく。
一瞬、わけもなくかすかな苛立ちを感じたが、それを追及するべき時は今じゃない。
神楽はこれからも銀時の傍にいて、銀時はそれが許す限り見守っていくだろう。
そうすることが出来る僥倖を、どれだけ自分が尊く想っているか。
本当は抱きしめてしまいたい。
この小さな傷ついた身体を心ごといま、大丈夫だと、俺が傍にいると、言葉にして抱きしめてしまいたいのだ。
包帯の巻かれたその右手の甲には、惜しみない忠誠の接吻けを───。
けれど、それ以上にえもいえぬ迂闊さに銀時はしずかに息を呑む。
少女が静かな双眸でこちらを見て微笑っていた。
計り知れない孤高の淵から銀時を見上げて慕う神楽が、やわらかく静かに微笑っている。
ボロボロに傷ついた心と身体がなお誇り高くそこに有り、蒼い瞳は自身の罪悪を貫くように真っ直ぐ銀時に向かっている。
その様は、何か人にハッと息を呑ませる清冽な美をひそめていた。
何と美しい生き物なのかと、ただ純粋に感動している自分がいるのだ。
元よりこの美しさに惹かれた―――――見かけや才能では決して無く、人に迎合する事無くただ真っ直ぐに生きるこの強さに。
やはり、少女は美しい。


他の何ものにもかえがたく、美しかった。












fin
(…──きみを傷つけるモノは誰であろうと、万死に値する)


吉原篇です。



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08/01 19:06
[銀魂]




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