虎の子の黄金の胆汁をすする







気づいたのは自分 “も” だからだろうか。
似たような性情が鼻を利かせたのか、いわゆるそういうただならぬ底意地の悪さが働いて、一種の嗤いを腹の中では禁じ得ない。
彼の“いじらしさ”も、自分の胸を痛くするほどだ。
少女はまさしくこのような飼主に首を絞められている。彼女の胸の中の信頼ぐるみ自分のものにして。そうしてあの、憎々しいほどの、説明のできないイヤラシイ匂いを日々増してゆくのを、傍にいて飽かず眺めているのだ。
自分はその贅沢な生活が、彼のものになる運命を呪っているのかも知れない…。
沖田は頭を軽くコキリ、と肩に凭せると、おどけて言った。



「旦那。あんまり、仔兎を可愛がると、死んでしまうよ」



そう言って、しばらく沖田はニタニタしていたが、頭を起こすとさり気なく煙草を一本手に取った。
ジャラリ…。
傍に侍らかす“雌犬”が、すぐにマッチを摺って差しだす。躾の行き届いた鎖の音が耳になじんだ。
煙草を吸いつけるために伏せた沖田の疲れ果てた人のような瞼の辺りに目をやり、連れ立つ美少女を隠すように袖で遠ざけた銀髪の男は、理由ははっきりしないながらに気の毒な気持ちは気持ちとして抱きはした。
だが彼は、まだ他人に同情を抱けるほどの余裕はなかった。
そんな男の様子に、わかりますよといったような嗤いを沖田もまた腹の中で繰り返す。
男のこの、過保護すぎる腕に守られた少女を見やる顔の中に、どこかに底意のようなものを沖田は見た。
かたや自分は地を這うような犬の姿勢で服従するメスと、それをどうみてもベンチに座って見下す有様だが。。。
白昼堂々と、とんだ黒い膿に呼び止められたと、爽やかな散歩日和だった二人には警戒されても仕方ない。
神楽にうっそり目を移すと、白い袖の翳から、魔をもった二つの目が怪訝な様子で見つめてくる。
憎くなるほどの甘えが彼女の体全体から滲み出している。
言われた揶揄にいまいち反応が薄いと、逆にこっちが不快を煽られる。その視線の追う先に気づいてまたひとつ、内心で嗤ったが。
最低なやりとり云々よりもまず、記憶にない煙草の嗜みが彼女には珍しいようだ。
少女の魅力については、一度ならず関わりのある真選組の若い隊士たちの間でも、内部で知らない者はない。年頃の娘が三十路に片足をつっこみかけている胡散臭い男の元で、世話になっている噂と同じく、下世話な話だった。
ある隊士が言いふらすには───。
少女の帰りを待っていたんだろう、たまたまその隊士が万事屋の前で神楽と鉢合わせただけの事。だがその時、男が階段の上から姿を現わし、隊士をじろりと見てすぐにまた階段の向こうへ入っていったのだ。あまりに大仰に言うので他の隊士が、


「横恋慕か? いくら横恋慕したってあの人のツバ付きじゃぁ、どうしようもないだろ」


とからかい、そこにいた者は皆笑った。
その時常に皮肉な笑いを浮かべている上司が、若いものの話の中に嘴を挟んできた。


「野郎のところのはただのお手つきじゃねーよ。 ありゃァ、寵姫だな」


と。


沖田ははじめ寵姫の意味がわからなかったが、後でその意味を知った。
少女を懐に蔵して以来、周囲の嘲笑というものに馴れているその男は、他人の哂いを見ないでも敏感に嗅ぎあてている。
沖田は、男の少女を暗ます手もとに、我にもなく感動した。誠実の籠もった掌だ。ゆえに意地汚くもある。
そうして、彼女への献身の、幾分の一かの分け前に、感動している自らの惨めさを思わずにはいられなかった。
しかも、男の底意に手を貸しているかも知れない自分の、この男みずからも神楽の“魔”と言って言えないことはない、沖田からの分け前に……。


魔をもった二つの目は、先ほどと少しも変わらぬふてぶてしさで見開かれている。
その饗(あえ)やかな様子に、可哀らしいが同時にどこか、恐ろしさを感じた。
沖田は心の内に苦しい吐息を吐いた。
そんな少女に目を当てながら言う。


「───旦那、呼び止めて悪かったですねィ。お散歩。つづけて下せェよ。」


沖田は男に失笑をこめて言い、顔を上げると一服深く吸いこんだ。










fin



09/07 17:54
[銀魂]




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