呪いの絆







「…………あ、」



ばったりと道端で遭遇した土方に、どこか恥ずかしげに視線をそらす。長く濃い睫毛が豪奢に羽ばたき、瞬きが多くなっている。
そんな神楽を見つめて、土方はふっと優しく微笑んだ。


「二週間ぶりか……?」


あの公園でのお漏らし事件から、もうそんなに経っていたとは…。
そういえば、あの時約束したことを忘れていて、神楽は少しだけ後ろめたい気分になった。


「ひ、ひさしぶりアルな。………トーシロ」


銀時がいない時にそう呼んでやるとは言ったが、律儀にもそれを守る神楽に、土方が片眉をあげて苦笑する。


「そういや、この前のお礼、まだだったな」


土方からそう切り出されて、神楽はあぅっと唇を突きだした。


「細かいことまで覚えすぎヨ。おまえは鬼嫁カ」
「意味がわからんことを言うなw」
「はいはい、おごればいんダロ、おごれば」
「そんな嫌々なら別にいいけどよ……俺は約束をちゃんと守ってるのになぁ……」


暗に匂わす土方に、神楽がむっとすると、土方が笑って「そう怒るなよ…」とぽんと頭を撫でてきた。


「まさか、脅されるとは思わなかったネ」
「いつ俺が脅したよ。ちょっとからかっただけだろ」
「乙女の股間に関わるネ」
「沽券な、沽券」
「………団子でいいアルか?」
「え?」


土方は目を見開いて少し驚いた。
缶コーヒーをおごってもらう程度に考えていたのだ。
神楽が、土方の隊服の袖を掴んで、ずんずんと近くの沿道の団子屋に入っていく。


「おやじー、団子ふたりぶん頼むアル〜」
「あいよぉ!」


中から馴染みの声が聞こえてくる。土方も、何度か神楽と銀時と遭遇したことのある団子屋だと気づいた。
お漏らしをかばってもらったことへの、神楽なりのお礼のつもりなのか、土方は、十六歳の絶世の美少女から団子を御馳走になることになった。


「へい、お待ち!」
「ありがとアル」


運ばれたきたのは、美味しそうな餡がかかったみたらし団子だった。


「ねぇ、マヨはかけないでヨ……」


さっそく出てきたみたらし団子を見つめていると、胡乱な目で神楽が見上げてくるので、土方は「うっせ…」と呟いて、照れ隠しに団子を頬張った。



「おいしい?」
「……うん」


ほころんでしまう頬を、土方はそっと引き締める。
神楽は美しい魔の瞳で土方をじぃぃっと見つめ、ぷっくりとした赤い唇を尖らせる。今日も、紅をつけているみたいだった。
このところ、神楽は外に出ていくときに、うっすらと化粧をすることが多くなっている。人妻としての、大人の自覚が出てきたのか、銀時がどれだけ化粧にいい顔をしなくても、神楽は大人の女性の嗜みとして、薄化粧をするようになった。まぁそれも、白粉をはたいて、口紅をつける程度なのだが……。だが、それだけでも、神楽の天女のような美貌はさらに磨きがかかり、道行く男たちを片っ端から振り向かせた。男といわず、女でも子供でも思わず振り向いてしまう。そういう絶佳の美貌をおしげもなく晒して、神楽はぬめるような美しさで今日も輝いたいた。


「やっぱり、ここの団子は格別アルな〜」


もぐもぐと、神楽も自分のぶんの団子を頬張っている。
美しい天女のようなロリロリの爆乳娘の隣に座って、土方はその姿に魅了されていた。
近くで見れば見るほど、ゾクッとするほど綺麗で、小悪魔可愛くて、たまらなくなる。
今日の神楽は赤紫色の短いチャイナドレスを着ていて、黒地に緑と紺と白のチャック柄のオーバーニーソックスを履いていた。香水などつけてないだろうに、ふわっと立ちのぼる魔の香りは背徳的で、百合の匂いに似たそれは、なによりも土方の胸の中の熱い想いを刺激する。


無心で団子を頬張っていると、神楽がお茶を手渡してくれた。
…が、それを受け取る時、土方が手元をくるわせて、お茶が隊服のズボンにぶっかかってしまった。


「…アッツ!!」
「だ、大丈夫アルか…!」


一瞬、長椅子から腰を浮かしかけたが、神楽がポシェットからハンカチを取りだしてくれて、土方に差しだした。
二週間前、神楽のオシッコがかけられたズボンだが、同じように熱く濡れてしまっている。
あの時の衝動やら欲情やらが甦ってきそうで、土方は股間が熱くなるのを耐えた。


「やけど、してない?」


心配そうな神楽の顔に、土方は大丈夫だとうなずいて、ハンカチで拭っていく。
お漏らし事件は、神楽との距離をグッと縮めてくれた。


「せっかく、隊服を洗ったとこなのによぉ……」
「捨てたんじゃないアルか……」
「いちいちあれぐらいで捨てるかよ。血で真っ赤になることもあるのに…」
「あ、この話はもうやめヨ」


神楽は、話がお漏らしにつながるのを察して手でさえぎった。ぬめるような純白の、きめ細かな肌が、薄紅をさしたように羞じらいに色づいていく。


「銀髪には黙ってるんだろ? 俺とお前だけの秘密だもんな」
「だから、それはもうおしまいアル」


目を伏せ、恥ずかしそうに鼻を撫でる少女には、普段、感じる気の強さや、毒舌が炸裂するふてぶてしさはなかった。


「あの時、誰にもバレなかったのか?」


桜色の顔をうつ向ける神楽に、土方は追い打ちをかけた。


「………大丈夫だったヨ。 銀ちゃんにもバレてないアル……」
「そうか。 でもあの時のお前は、可愛かったなぁ……。俺の腕のなかで恥ずかしそうに、キュッて丸まっちゃったりなんかしてな」


土方の言葉に、神楽がキッと目を剥く。しっかりとしているように見える神楽も、やはりまだ少女だ。受け流すことができるほど大人ではなく、真に受けて赤い唇を震わせている。


「友達にあのことが知れたら、お前も少しはしおらしい女の子になるのかねぇ?」
「なに言ってるアルか」
「いや、バラしてみる価値はあるかな、と思って」
「誰もそんなの信じないアル。銀ちゃんだって……」
「芝生が……オシッコで色が濃くなってただろ? あの場にいた勘のいい子なら気付いてたかもしれないぜ。ひょんなことから、あっという間に噂がひろがるかもしれないなぁ」
「トーシロは、そんなことする男じゃないデショ?」


神楽がガタンと長椅子から立ち上がる。瞳が潤みはじめている。以前の神楽なら、これほど感情を露わにすることはない。それだけでも土方は嬉しくなる。


「冗談だよ。団子もご馳走になったしな」


座り直した神楽の膝に、土方は微笑みながら膝を寄せる。
コツン、コツンと膝頭が触れるたびに、神楽の太腿がピクッと震えた。


「そ、そうアル……約束は果たしたネ」


神楽の柔らかい太腿の上に、土方はそっと手のひらをのせる。


「さ、触らないで……」


調子に乗った土方に、神楽は逃げるように身体を離した。だが、長椅子を押す手のひらは、興奮の汗にジットリと湿ってしまっている。


「銀髪にはバレてないんだろう?」
「バ、バレたら、殺されるアルヨ」
「お前が?」
「……ト、トーシロが」
「お前がお漏らし娘ってことがバレて、何で俺が殺されるんだよ」


土方が周囲を気にして、囁くように言うので、神楽は真っ赤になって下を向いた。


「やめてヨ……。もうイジメないで……」


羞恥で、男勝りの美少女の瞳がオロオロと左右に揺れている。



「ごめんごめん。悪かったよ……。ちょっとイジメすぎたな」


神楽は、土方の執拗さから逃れるように立ち上がった。人目を気にしてキョロキョロとあたりを見渡すと、お代を長椅子に置いて、店のおやじに一声かけた。


「ごちそうさまアル!」


そう言って、土方には顔を寄せて、上目遣いでおねがいしてくる。その可愛いこと……。


「だ、誰にも言わないでヨ……」


立ちつくしたまま、紅い唇を何度も擦り合わせ、緊張で白い喉を震わせている。傘を差してその中に隠れた神楽が、アメジストの魔の瞳を昏くしている。


「待てよ……」


土方が立ちあがろうとすると、少女は思わず押しとどめた。


「まだ食べてないダロ。ぜんぶ食べてヨ。おごりなんだから……」


そう言って、駆け足で土方から逃げていく神楽に、男はうっそりと微笑った。
あそこまでからかう気は無かったのだが、可愛い反応に、ついつい意地悪な気分になってしまった。
口止め料に、頬にキスのひとつやふたつ、ねだればもしかしたらしてくれたかもしれないが、あまりイジメすぎて銀時にチクられでもしたら何だしなと考え、思いとどまった。
土方も男である。欲望はどこまでも膨らんでいく。
もはやセーブできないところまで膨らんでいるのだ。
いまや土方は、神楽との愛を畏れる従順なだけの男ではなかった。
神楽が許すなら、ひざまずいてでも、その手の甲にキスをしたいと願う男なのだ。
一時でも神楽が手に入るなら、もはやそれでもよかった。
自分の一生を投げ出しても、神楽が欲しかった。
もし銀時に殺されるなら、何もかも奪ってやってからだと覚悟を決めている。それが本望だった。
この先、もし神楽が隙を見せるようなことがあったら、土方は確実に大人の色気で神楽に迫るだろう。
胸の内に秘める、熱い熱い恋の対話だけではもう我慢がきかなくなっていた。
もはやどこまでも手遅れの自分に、土方は切ないまでに苦く笑った。






fin


more
07/31 15:40
[銀魂]




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-エムブロ-