恋を覗く少年







「まったく女ってのは強請りの常習犯だな!」


イライラと土方が叫ぶ。


「まぁまぁトシぃ、お妙さんなら俺はいつだって大歓迎だよ! ドンっと頷き、ペリっと後で泣くのさ!!」
「もう泣いてんだろーが! つーかドンペリのドンペリ割りって何だよ!!あんな感じでいつも絞りとられてんのかっ!? あれこそ強請りの親玉じゃねーか!!」
「それを言うなら、チャイナ娘はどうなんだ?」
「は…はぁっ!? ア、アアアイツは関係ねーだろ今!」
「いーや関係あるね! なんやかんや言ってトシっ、お前はあの娘の言いなりだからな! わはははは!」
「言いなりはアンタだろーがァァ!!」


酒癖の悪い上司らが、ギャーギャーうるさいのを傍目で眺めながら、今日一日さんざん祝いの辞やら乾杯やらを捧げられて、いささか疲れを覚えはじめているところだった。
一次会を開いたスナック『スマイル』から、二次会のこじんまりとした居酒屋に移り、むっさい隊士どもは相変わらず飲んだくれている。
隊内でもダントツに若い奴らが多い真選組といっても、自分より年若い隊士はいなかったためか、皆それなりに沖田の二十歳の誕生日を盛大に祝ってくれた。
二十歳になったからといって、何が変わるわけでもないが。
「これでようやくお前も一人前だな!」
そう言われれば、飲酒も煙草も二十歳からだったな、と今さらに思いだす。煙草はそうでもないが、じっさい酒はもう十六歳の頃から呑んでいた。こんないつ死ぬかわからない商売だ…、女にしたって、今さら『オトナが飲んで酔って楽しめる店』に連れていかれても、さっきのスナックが子供に思えるような店で自分の嗜好を満たしたこともある。
そう…、二十歳になったからって何も変わらない。十九歳から一つ年を取っただけで、じっさい好きな娘には手ひとつ出せない状況は変わらないのだ。こっちが十八でもあっちは十三、二十歳になってもあっちは十五、二十一になってようやく十六、合法になる。そしてそうなったとしても───……。


沖田はほろ酔い気分でコップを傾け、否応なしに反応した先ほどの会話から、周囲を遮断した。思うのは、あの生意気なチャイナ娘のことだった。どうやって今度二人が出遭うか、なにを自分は子供に言い、なにを子供は自分に言い返してくるか、そしてどうやって二人は喧嘩を始め、あるいは休戦してお互いに向きあうか───しきりにそんな思いをめぐらせていた。
けれど二年前に出逢った子供についての、こうした夢想には、たえずある種の内心の不安がつきまとっていて、それがこんな日でも、上質の酒を台無しにしてしまう苦い後味のような作用をもたらしてしまった。もし仮に自分がそうした不安の原因を知らなかったなら、沖田はそれをこの日の、そして日々の昂奮や神経の高ぶりのせいにしたかもしれない。けれど彼はその本当の原因を知っていた。もっと正確に言えば、それを心に感じていて、ただはっきりと認めてしまうのを恐れていただけなのだ。沖田は神楽を一匹の異種族として、一人の憎たらしい子供として理解していたが、理解すればするほどますます、少女の内に自分と同じ自由人特有の、春風のごとく突発的な性格を見出すのだ。そしてそれが沖田を当惑させていた。
いまもこの慣れ親しんだ男くさい連中に囲まれて酒を飲みながら、彼は突然嫌味なくらい一つのことに思い当たった。
神楽に対する自分の感情は、自分が理解しているような意味では愛とは呼べないものなのだと。もちろん沖田はあの子供が好きだった。たまらなく好きだったが。
しかし愛ということになると……なにかしらそうした気持ちとはまったく別のものなのだ。愛とはもっと───自分が姉や近藤を想うたびに湧きあがる───温かいものであって、単に相手を崇めたり賛嘆したりするものではなく、信頼することだった。けれど自分はどうあがいても、あの子供をとことん信頼することはできなかった。ひょっとして二人があんなにも憎たらしい気持ちで、会えば必ず喧嘩になるのも、まさにそのせいかも知れない……。


ゴロゴロ、っと目の前に空になった酒瓶が転がってきた。


すっかり物思いに耽っていた沖田は、あまり周囲に注意を払っていなかった。むしろよく知らない他人の中に混じっているような居心地の悪さを覚えた。皆は喋ったり笑ったりしているが、沖田の方はひたすら神楽のことばかり考えていて、あまりにもありありと脳裏に浮かんだ少女の面影が周囲の印象をすべて押しのけてしまっていた。
その場を去りたい気持ちに駆られた沖田は、ちょっと頭痛がすると言って立ち上がると、泣き上戸の近藤の肩を叩いて外に出た。
あたりは暗く生暖かい空気が支配している。七月の夏の夜で、月のでた空は高く、そこここにかろうじて星の瞬きが見分けられた。風はなかったが、梅雨の終わりに感じた不快感はなく、さらりと肌に気持ちがいい。夜も更け、この通りは俄然活気づいている。
手持ち無沙汰で近くの電柱に背をあずけた沖田は、こんなとき煙草でもあれば様になるのかもしれないと、一瞬血迷ったが、自分には性に合わないと嗤いなおした。
子供の名前を出された途端、ドモっていたあの男のように、あんな素直な動揺が自分にもできればよかったのか。
思えば思うほど、考えれば考えるほど、変にさめた弱った感覚が腹立たしかった。
どうしてなんだという想いが強い。
もしかしたら、自分にはこの先誰も愛せないのではないか。
たまらなく好きなのに、妙な不安がついてまわるこの感情に、それでも、しがみつけというんだろうか。
貸切にした店の奥からは、相変わらずさわがしい声が聞こえてくる。


「……チキショー、やっぱ真面目なのは性に合わねーや!」


酔いに任せてそう叫び、なんでもいいからそれでも今日は会いたかったなと、彼の心臓は、胸のうちで新たな力を鼓動しはじめた。










fin

more
07/07 17:02
[銀魂]




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