銀色の銀木犀の柵







白木綿の厚い布団を深々と敷きこんだ厚い枠の中に、嵌りこんでいること、それは神楽の生来好きなことであった。
神楽が満十六歳になった現在、大きな兎のぬいぐるみや、あの白い兎のマッフの塊が転がったり、半分尻を出したりしている場所は、筐形の小さな隠れ家に変わった。
夜は銀時の城から二度と出られないとはいえ、ちょっとずつ身長の伸びている神楽には、やや狭い場所であり、その狭さがまた、神楽をノスタルジックな想いとともに虜にする。
夜に仕様できないぶん、神楽は昼にそこに登って寝転んだり、雑誌を読んだり、手紙を書いたりなど、私用な空間として使っている。丸まって昼寝をすることもある。とくに、夏場は水浴びをした後の休憩場所に。秋口や寒くなってくると、陽だまりで干したふかふかの布団を敷き詰めて横になる昼寝は、最高の贅沢だと思っている。夏場でも、クーラーなどなくても、扇風機を持ち込むだけでそれなりに快適である。
この四角い枠の中に嵌り込んでいると、何故かとても安心するのだ。


思うに、分厚い布団を、何段も敷き詰めるのが神楽はとくに好きだった。全体が分厚い板で箱舟のように、中の人間を囲むようになる。神楽はその木枠で出来た何段ベットを見るなり、用もないのにそこに隠れていたくなる衝動をおぼえる。


まるで中世の童話の中に入り込むように、小さなベッドの木の筐は神楽を抱き込み、神楽を自由にさせていてくれる。ベッドの木の筐は、神楽がその中で、どんなに怠け放題にしていようと、どんなことを考えようと、そうさせておいてくれる、一人の人間のようなものだった。白い柔らかな布団を敷き詰めた、がっしりとした厚い木の筐は、神楽の放恣な、どこかで気が遠くなっているような時間を受けとめている。神楽を空想の中に、思うがままに泳がせておいてくれる厚い木の筐の中で、神楽はいつも自由な、甘い時間の中にいた。甘い、みずみずしい果物のような時間である。神楽は甘い時間の果物を、貪った。万事屋に神楽が居ついた当初、銀時の与えた押し入れは、こうして神楽をその中にぬったりとのたうたせる、厚い、安楽な、木の筐になった。
安楽な木の筐は、神楽が兎のマッフから指環をとり出して、手のひらの中に握ったり、その手のひらを開いて指環を手のひらの上で転がしたり、指の間に挟んで、うっすらと開けた戸の──陽の射す方にかざして、眺め入ったりする場所でもあったが、またぼんやりとした状態の中で、いろいろな稚い、だがしぶとい想いをめぐらせる場所でもあった。
木の筐はまた、その想いをしたたかなものに膨らませ、なにかの残酷な計画を孕ませたり、時には銀時を、懊悩の中に追いやる、よくない思いつきを、黒い魔のようにわだかまらせる場所にもなった。木の筐は神楽の中にいる怠惰な獣に餌を与えて肥らせ、神楽をいろいろな妄想の中におく、一つの場所になった。神楽が知らず知らず野間に醸しだすものを温めて、強い香りを焚てさせる温床、厚い木の囲いの中の暖かな、悪い場所になった。
神楽の皮膚の内側から燻り出して、そこらの空気を圧しひろげるようにして、あたりに立てこめる香りのように、神楽の体からか、精神からか、どこからか出てくる神楽の想念は、この木の箱の中ではいよいよ濃く、なめらかになる。指環に見入る時も、なにかの想念に捉えられている間も、神楽は木の筐の中に、怠惰な蛇のようにのたくっていた。短い袖口の辺りから、胸の辺りからも、薫り立ってくる、押し入れの中で蒸され、温められた、物憂い香りが神楽自身を誘惑する。それは意識の糸が弛んでいく匂いである。神楽の香気、神楽の想念、どこから来るのかわからないものが、温かな木の床の中で発生するのだ。木の筐の中で、自分の体から燻り立つ香気と、妄念との中で、じっと目を開いている神楽の時間が、出現するのである。



神楽は時に、銀時の膝に昔のように寄りかかって、厚い木の筐の話をした。


「中で何してるの?」


と聞く銀時に、機嫌がよければ、うっそりと自慢げに話してやるのだ。
銀時は神楽が、何段も重ねた布団の形や、その中に嵌まり込んでいる安心感を、また歓びを、子供が勢いこんで話すようにして、しきりに詳しく説明するのを聴き、その表情を見ていて、自分が仕事中の会えない時間も、神楽の怠惰な日常を目に見るように思うと同時に、神楽と木の筐のベッドとの関係を的確に推察した。
押し入れの中の歓びを話す神楽の、曇りのあるうっとりとした目の中に、微妙なものを読むのだ。一種の魔を。
そんな時、神楽の唇の端は、微笑いまではいかないが、幽かにひき吊れる。
銀時は、仔リスに木の幹にある穴を与えたように、神楽に与えた押し入れの、木の筐のようなベッドを、可愛く想っている。押し入れの中で、自分があげた宝物をうっとりと眺めている神楽が可愛いのだ。
そうして、自分の蜜の城には負けるなぁ、と心の中に微かに微笑った。
欅の鏡台や、押し入れの木の筐など、神楽の領域を許せる自分に銀時は満足する。自分のテリトリー内では自由にさせて、放し飼いしているペットか何かのように、銀時の心を満たす。
銀時は木の筐の中にいる神楽の、自由な、甘い時間を想い、そんな時の神楽の、何処まで行くか知れない想念に少しの不安を伴った面白みを覚えるのだった。


銀時は、神楽に感化されるようになった自分の現在の毎日の中で、我にもあらず、常識を横へ除けてものを考えることがある。
押し入れに籠った神楽が、十分、じっくりと、怠惰な魔を味わったあと、神楽がもう一度、自分との世界に還ってくることを願うのだ。
自分と神楽との、限られた時間、甘い蜜の世界に。
閉ざされた、自分と神楽との甘い蜜の部屋に。
神楽といさえすればそこに生じるもののある、世界に。
神楽といる場所がたちまち、不思議な影を帯びる、世界に。
……神楽はこの頃、神楽自身にも知らぬ間に、もう一歩、魔の世界に踏み込んでいる。魔の世界に踏み込んだのか、あるいは何処からか、魔の精気のようなものを受けとったのではないかと、想われるような何かを、感じとらせるようになったのだ。その神楽の、暗い光を出してきている目を、傍にいて見ることが出来る境遇に、例えようのない歓びも覚える。という、当然極まる考えに、銀時は日に何度かぶつかる。その度に銀時は、早く正真正銘の嫁にならないかな、と焦れるのである。神楽は天人なのだから、地球人と同じ常識で考えなくてもいいだろう、という神楽との結婚の時期について慮りすぎた、そんな考えに捉えられる。
そんな時、銀時は、ベッドの木の筐の中にいて、白兎のマッフの中から指環を出したり、入れたり、何かのよくない想念に身を委ねたりしている神楽を想い浮かべ、あたかもその神楽が傍にいるかのように、目を細めた。








fin


07/31 19:18
[銀魂]




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