「これ……くれるアルか?」
他愛もない菓子の包みに驚いたのは、包みを手に涙をこぼさんばかりにしている少女本人よりも、男の方だったろう。
「そんな、たいそうなもんじゃねーぞ…? 子供が口にするつまらん菓子だ」
客である銀時の言葉にその幼い禿は、少しだけ悲しそうに首をかしげて魅せた。
「わっちは、ここの廓に来るまで、菓子というものを口にしたことがなかったアル……」
何気なく口にした少女の言葉に、銀時ははっとする。先ほど無邪気に、おしんこ細工の職人から菓子を買ってもらっていた大店(おおだな)の子供と彼女は、それほど歳は離れていなかった。その子供たちは菓子など食べ飽き、彼女は嬉しいと涙をこぼさんばかりにしている。その違いに初めて思いいたり、銀時は自分を恥じた。
酒席が整うのを待つ間に、手酌をしてもらった礼にと起こした気まぐれが、いつしかこのあどけなくも、類稀な美貌の片鱗をのぞかせる禿に、惹きこまれてしまっている…。
先月の出会いが出会い、その泣き顔を見てしまっただけに、何となく情が移りやすくなっているのかもしれない…。
「中を見てもよろしゅうカ?」
銀時がうなずけば少女は嬉々として紙包みを開いた。
甘い香りとともに、焼き菓子と色とりどりの飴細工などが姿をあらわす。
「わぁ…! 食べるのがもったいないアルなぁ…。 わっちが知っている飴とは随分ちがう……」
そう言いながら、小さな白い指で糖蜜飴を燭台にかざせば、それは金色にきらきらと輝いた。そのほか、しんこもちに色づけをして、花鳥や人物などの形をつくった細工菓子にも、ひとつひとつ目を丸くしていく。遊里に囲われた者とは思えないほど…いまだ無邪気だ。
「旦那さま、ご覧になっておくんなまし。 ほら…こんなに青くて綺麗…。まるで碧玉のようヨ……」
まさにその碧玉にも負けぬ彼女の瞳に、吸い込まれるようにして銀時は口にしていた。
「食べてみろ……」
銀時の言葉に少女はさらにさらに目を丸くする。客の前ではけして食べ物を口にしないのが、禿のたしなみだった。
「たしなみなど気にせず、食べてみろ。 俺が許す」
言いながら銀時は、少し胸がむずがゆくなる。最初、酒をつぐのも緊張していた彼女が、初めて見せた無邪気な様子がいじらしくて、自分でも驚くほど切なくなっている。
銀時の言葉にもじもじと神楽は思案していた。立派な遊女の卵ならば、粋な科白のひとつふたつ吐いて、客の言葉をかわさねばならないところだった。だが、この仔供は生まれて初めて目にする綺麗な菓子に、心動かされている。銀時がもう一度促すと、彼女ははにかみながらもそれを口にした。
それほど……彼女は禿としても幼かった。
「甘い……」
その小さな呟きが銀時をあたたかくする。この仔供が喜ぶなら、菓子のひとつやふたつ来る度にたずさえてやってもいい……。
「旦那さま、稚鯉も甘いものを好むと聞きましたが、それはまことにございますカ?」
銀時が 「さあな」 と首を傾げると、
「それじゃあ、このコたちにも、これをひとつあげてよろしいカ?」
と、少女は包の中から一粒の焼き菓子を大事そうにつまみあげた。
「別にかまわねーが…?」
「このコたちは、太夫姐さんが旦那さま達からいただいた、大事な稚鯉だと、可愛がっておられます。そんなこのコたちを、わっちも好いております」
中洲にあるこの遊郭の周囲には堀があり、そこには色とりどりの錦鯉たちが遊女と美を競っている。通人たちに『鯉の館』と呼ばれる此処は、そんな通いなれた馴染み客が、気に入りの遊女に稚鯉を贈ることが慣わしとなっていた。 この部屋に置かれたビードロの水槽にも、そんな男たちから贈られた緋鯉の稚魚があどけなく泳いでいる。
「それはお前にやったんだ。 お前の好きにすればいい」
お銚子を口に運びながら銀時がそう言えば、幼い禿は手に持った焼き菓子をひとつ彼に渡した。
「おまえ手ずからやった方が、こいつらも喜ぶんじゃねーか?」
「わっち…が……?」
銀時はビードロを引き寄せると水面に指笛を鳴らした。ほどなく浮上した稚鯉たちが口を出す。
「わぁ…、姐さんより言うことを聞く……。オマエたちは旦那さまに忠実でありんすナァ……」
「ほら、オメーら、ゆくゆくは花魁になるかもしれねーひよっこから、くだされものがあるぞ」
おどけた銀時の言葉がわかるのか、緋鯉の稚児たちは嬉しそうに口をパクパクさせた。
「細かくしてあげるから、少しお待ちヨ…」
神楽がくしゃっと焼き菓子を潰してパラパラ落とせば、稚鯉たちは美味しそうにそれを口にする。さすが廓の稚魚だけあって舌は肥えている。
「はよう大きゅうなって、堀で泳ぐところを魅しておくんなんし」
そんな言葉のすべてがいじらしくて、銀時は幼い禿の腰をそっと膝にのせ・・・その白い美貌をじっと見つめた。
「そういえばお前、名は?」
「……神楽…」
「…そうか、 神楽か……。 神楽……綺麗な名だ」
ちいさな唇のなか、青い青い飴玉がおどる。
まるで引き寄せられるようにおかした初めての愛玩は、幽かな糖蜜の味がした。
fin