黄金の下で身もだえする恋人







その朝、遅くに目を醒ました神楽は、欅の鏡の抽斗から指環を出して、飽きることなく眺めていた。
この一週間、何度となく繰り返した時間だったが、いくら見つめても飽きることがない。本物の、永遠の輝きだった。
銀時が、十六歳になるまでにダイヤモンドの指環を買い与える約束をしていたが、彼は、「よほどいいものでなくてはいけない」と思ったのか、店ごとに頼んで、探して貰っていたらしいのだ。神楽が宝石の入った指環を貰ったのは、これで二度目だ。
神楽は指環を無意識に右手の薬指に嵌め直すと、その手のひらを窓の光の方にかざし、白いコットンのパジャマの体を愉しげに、寝返りを打った。


銀時はもう起きていて、布団に腰をかけていた。神楽の無意識の行動も一部始終看取っていたのだが、しばらくショートパンツとキャミソールでごろごろする神楽に、仕様がない奴だと、いっそ可愛いくてならない目を当てていた。
しかし、数十分たっても、飽きずゴロゴロしている神楽に痺れを切らしたのか……


「……結婚するまでに、おそろいの指輪も必要だよな」


そう言って立ち上がると、銀時は箪笥の抽斗から金色の指環を出してきて、神楽の手のひらをとり、跪いて、それを薬指に嵌めてやった。
……シンプルなデザインだった。以前に、神楽が露店で見ていた細い金の指輪に似ているが、本物のゴールドだということは輝きからわかる。銀時もお揃いの金の指輪を左手に嵌める。
神楽は、わけも解らず目を丸くしていたが──、銀時が


「結婚指輪だよ」


と優しく告げると、驚きはどこかへ消え去った顔になり、獲物を視る目で銀時をじっと見上げると、その目を落とし、美しい指輪に魂を奪われたように見入った。


「ダイヤモンドは婚約指輪。これは結婚指輪だ」


銀時はじっとりと汗をかき、心の中では何千回も呟いた言葉を口に出そうとしている。
神楽が指環を見ながら、のっそりと起き上がって布団に座り込むのを見ると、銀時は真剣に跪いたまま、神楽を掬い入れるように見つめた。



「結婚……してくれる?」


銀時は神楽をじっと見て、思わずのように微笑ったが、神楽は独特なガラス玉のような目で、銀時を見ている。
どうしてか知らない。銀時にいま曖昧に甘えてはならないのだと神楽は知っていた。



「結婚してほしい」



同じ言葉を繰り返す、声が震えた。
それでも神楽が黙っているのが恐ろしくて、銀時はとうとうその場で土下座の姿勢をとった。



「俺と結婚してください!」



一生懸命、何度だってプロポーズしてみせる。
神楽がOKと言うまで。


微動だにしなくなった銀時に、正直神楽は面食らっていた。
別に神楽は意地悪をしているわけではないのだ。うん、と頷いてもいいのだが、それ以外にどう答えていいのかわからなかった。
神楽に昨日の記憶はない。夜中まで散々可愛がられて、ヘロヘロになった頃、何をされ、どんな言葉を囁かれたのか、朦朧としていて全く覚えていなかった。だが、銀時は覚えている。長時間、じっくり、がっつりと、ひぃひぃ泣かされた神楽が、ぼんやりとしながらも銀時のプロポーズを受け入れたことを。


神楽はもう一度、金の指輪に視線を落とした。
ダイヤモンドの指輪と、金の指輪まで貰っておいて、これで断るのはいささかマナーに反するとは思うのだが、結婚というものがどういうものか神楽にはあまりよくわからない。銀時と、ずっと一緒にいられるなら、それもいいかと思う。ずっと一緒にいてくれ、と何度も乞われてきたし、その度に神楽は頷いてきた。では、その約束の延長線上に今日の言葉(プロポーズ)があるならば、受け入れなくてはならないはずだ。



「……ずっと、一緒ってことアルか?」


「ああ」


顔を上げた銀時が破顔したのにつられて、神楽も笑ってしまった。
単純だが、ずっと一緒なら、結婚もいいかと思ってしまう。


「………。」


でも言葉に出せなくて、神楽は躊躇う。
銀時が泣きそうな顔でそんな神楽を見上げてくる。
何となく気恥ずかしくなって、神楽は立ち上がろうとした。
それを咎めるように銀時が神楽の足下に縋りついてくる。
まるで、初夜の時のようだ──。
あの時も、銀時は、神楽に跪いて、必死で愛を乞うた。



『神楽は銀さんのこと好き?』



必死の銀時が蘇ってくる───。



『好きなんだろう?  なぁ、言ってくれよ』



跪くように一晩中神楽を愛して放さなかった銀時が。



『神楽、言って。 俺のこと好きだって、言って』



神楽は、あの時と同じように、ゆっくりと頷いた。
声には出せなかったけれど、左手で銀時の左手を握り、頷いた。
断れない雰囲気に怖気づくような性格ではない。神楽は自分の意思で、銀時を選んだのだ。今も、昔も──。



緊張にいささか怖い顔をしていた銀時が、はぁぁ、と大きく息を吐いた。
ペタン、と太ももをつけて、弛緩したように座り込む神楽の肩に置いた銀時の掌が、幼い時にしたように、軽く背中へ、撫で下ろされる。思わず知らずのように、
そうしている銀時の顔には、溺愛の悶えが出ている。優しい微笑いを含んだ頬から唇の辺りに苦みがある。あの頃も、保護者にしては幾らか濃密に思われる愛の蜜が、窪みを造っている頬と、固く結ばれた唇との間で表情の均衡が崩れていた。蜜の塗られた微笑のどこやらに、苦い影さえあって、裏切りを企てている、あどけない情人を知っていて見ている、訳知りの男の顔のようにも、見える。
銀時は、淡い歓びが、濃い、生なものになって、全身に駆け巡るのを感じていた。
神楽の背中は、いつの間にか女のようになっているのだ。
背筋に窪みが出来ていて、その窪みを中心に緻密な豊饒を、くり延べている。つい数年前まで、まだ子供の背中だった神楽が、いまや、あと数ヵ月で銀時の奥さんになる。
銀時は、幽かに触れる豊饒の中で、コットンの薄い布地が隔てているだけではない、何かに隔てられた、女の複雑なエロティシズムを感じた。
それはどこか空虚で、また、豊饒でもあった。










fin


more
04/20 18:07
[銀魂]




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