コルクのセンを咬む愛







神楽は、土方のふたつの眼だけが笑っていないのを見ることがある。それは、自分と銀時が何かで声を合わせて笑っている時や、新八に甘えるような命令を下す時、はたまた沖田と憎まれ口をたたいている時にも、こうして二人っきりでいる時にもふと感じている。
その眼は何か、恐ろしいものを隠しているのだ。
土方の眼はそれを知っている。
そんな時、男の眼は、絶望に馴れた父親のような、優しさを湛えて、暗く瞬いているのだ。
土方の笑っていないふたつの眼はいま神楽にあてられているが、それは神楽の、神楽にもわからない内側のものにあてられているらしい。



「久しぶりだな」


神楽は頷くが、全く逢わなかったわけではないことを二人とも知っているのだ。いかがわしいホテルから出てきたところを、ばっちり見られている。
白々しいセリフを言う土方に、神楽はうっそりと微笑んだ。
薔薇色のリップクリームを塗った唇が、悪気を裏にはりつけて土方を煽っている。


「見てたくせに」


神楽が魔を潜めてそう呟くのを、土方は苦い思いで聞き返した。


「何をだ?」
「知ってるくせに」


土方はそんな神楽を自分の目の中に巣食い入れるように見つめながらも、想わずにはいられなくなる。
コイツは一刻も早く俺から放れて、あの男の元に帰りたいと思ってやがる。そして帰ってしまえば、何をする?
土方は、赤い唇から意識を逸らし、毒をふくんだ青い果実のような神楽の頬に目をあてて、想いつづけた。
コイツは帰って行くたびにあの男にどんな顔をして擦り寄っていくつもりだ? どんなふうに抱きつきやがる。 俺とのことを喋ってるわけじゃねーよな…。どんなことを告げ口する? どんな風にアイツに甘える。その赤い唇で、どんなふうに甘える…。
あの情けない天パの、腐った目のしがない鬼畜野郎に対して、神楽は母乳を慕う幼児のようになついている。
コイツはあの男の貧乏くさい悪臭と、甘ったるい菓子の匂いに纏わりついてやがるんだ…。
その中で、ふだん仔どもは、この世にふたつとない愛情をさらし、赤ん坊のような手と唇で、さらに母親の愛情に吸いつくような様子で、あの男に甘えている。
土方は何度も目の前に見た、擬似親子の緊密な、濃密といってもいい様子をもとに妄想を起こしていた。
そうする内に、腹立たしいことにあのだらだらした一張羅の着流しと、銀色に鈍く光る天然パーマの侍の自分と似かよった体躯と、神楽を可愛がる、あてつけのような嗤いを持った風貌が目の前に浮かびあがってくる。
そうして土方は、男とその寵姫の二人を包む特別な空気が今そこに漂うかのように錯覚し、それを現に嗅ぐようにも想えてならなかった。
もはや制御できない嫉みと、憎しみとが、どうにもならなくて、彼の執拗さは抑えようとしても抑えることが出来ないで外へ滲みでる。
その滲みでたものは烈しい視線となって、残酷な口調に現れた。



「最低だよな。あんな所に連れ込むなんてよぉ」


自分の城だけで可哀がってればいいものを、あんないかがわしいホテルに連れ込んでまで犯りまくる男に、土方は反吐が出る思いで口にする。口元は酷く歪んでいた。


「俺だったら、絶対しねぇ」


誰に見せびらかせることもなく、大事に大事にしまいこんで可愛がる。油断のならない外では慎重に行動する。自慢することもしない。いつどこで誰かが盗み見ていて、枷を外すかわからないからだ。自分のような男でさえ、今も、こうして、少しでも長く、神楽を自分の傍へ置きたいと思うこの欲望を、抑えられないのだから。


「オマエには関係ないネ」


ごもっともな正論をのたまう神楽に、土方はそうだなと頷いた。
確かに、関係ない。



「だが、俺は警察なんだ」


見て見ぬフリをしなくてもいい存在なのだ。
当初あった畏れのようなものを神楽にまた思い出させるように、土方は殊更ゆっくりと告げた。


「いつでも、引き離すことは出来るんだぞ」


神楽の眼が大きく開かれたことに満足し、土方はうっそりと笑って踵を返した。
泣きながら男に告げ口するのだろうか?
いや、そんなことはしないだろうなと土方でもわかる。
きっと、あの男は今日の顛末を聞き出して、執拗な愛撫の繰りかえしを強いては神楽を苦しめ、五月蝿がらせるはずだ。










fin




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05/04 18:39
[銀魂]




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-エムブロ-