クロアゲハの闇の金粉に








「神楽?」


ニコニコ笑う青年は言った。だがそれは質問のようには聞こえず、まして挨拶のようにすら響かず、いわばおざなりの非難というふうに聞こえ、それに伴う物腰もすべてを非難に変えてしまう類のものだった。
ビクリ、と振り返って硬直していた神楽が、銀時の存在など忘れてしまったかのように、ふらり、とそっちへ行こうとするのを、銀時は咄嗟に手を掴んで押しとどめた。
青年はそのままニコニコとふたりを通りすぎ、ホテルや水茶屋が集まる半地下から外界に出る階段をのぼって、ひとつ上のレベルから銀時たちを見下ろした。 朝陽にけぶる色街の灯籠ではなく、通路の奥の薄闇をまとって立つと、そのシルエットが浮かびあがった。神楽は少しふらついたが、特に青年をとめる様子もない。神楽も銀時も、一晩のあいだずっとこの界隈に一緒にいたのだ、もうそのことを誰にどんな目で見られようと、疚しく思うこともなかった。そう、信じたかった。むしろ最近は開き直っている銀時がいる。銀時は急に現れた神威の存在に不審な眼を当てている。
階段に立つ青年のほうはというと、早朝のまだ人通りがほとんどない色街を、若干疲れを濃くした小娘が男に支えられるようによたよた立っていて、その男のほうが厳しい視線を送っていることには気にもとめていないように見えた。


しばらくして、相変わらずの笑顔で、青年は銀時を見て神楽を見て、それからまた銀時を見た。
そして今度は神楽に視線をもどすと、神楽も青年を見返し、それから彼女は青年に背を向けて、彼女の騎士の力強い腕に手を絡ませ出口とは反対方向に歩いていった。
早朝の薄青い闇に浮かびあがる雪見灯籠を無表情に眺めながら、黙って引きずられてくれる銀時に甘えている。
銀時が振り返ると、階段のてっぺんから青年はもう一度ふたりを見て、やがて外界の光のなかに消えていった。




「どうなってんだ?」


ただならぬ雰囲気だったので聞きにくかったが、さすがに気になる。 こと神楽のことに関しては無視できないと銀時が、少女を覗きこんできた。


「……べつに」


そう神楽は答えたが、しばらくしてからいきなりフンっと、拗ねたような顔をした。
もう今ではお馴染みの、少女特有の愛くるしい癇壁だった。
新八には何を見られてもこれほど過剰反応しないのに、血の繋がった本当の家族に銀時とのワンシーンを見られることが、これほど動揺を引き起こすとは神楽も思いもしなかったのだ。
灯籠がひとつ、またひとつと燃えつきていくのをじぃぃっとにらんでいた神楽は、銀時の胴体にいきなりがばっと抱きつき、クスクスと笑いながら彼を先ほど出てきたばかりの水茶屋に引っぱりこんだ。



────その後たっぷりと二時間、少女が自分の疲弊した体をまた男の好き勝手にさせる状態がつづいたが、それはどこか捨てっぱちな切なさもこもっていた。
すでに終わってしまった人生に別れを告げるような、年に似合わぬリュクスでフラジールな頽廃感と、かるい…憂鬱。
赤い襦袢をふたたび羽織った神楽が、うっそりと闇を濃くしている…。
そのうち銀時が、ひどくはっきりした、酔いも抜けた口調で 「もう、わかったから…」、そう言うまで、数分のあいだ、薄闇のなかでふたりは黙っていた。
銀時が臥所ではあまり呑まない酒をチビチビ飲み、神楽は何か考えこんでいる様子でぼんやり親指で雪洞を弾いている。



「……兄ちゃんは、やな奴なのヨ」


と神楽は、説明しないわけにもいかないという気にやっとなったのか、唐突に沈黙を破った。


「小さいときも、私が他の子と遊んでると、邪魔ばっかしてきたアル」


神楽の幼い言い方に昔が偲ばれる。


「また江戸にいるなんて、知らなかったアル。宇宙で好き勝手やってると思ってたのに……」


銀時は、何て言っていいかよくわからなかった。
けれど。





「……どうりで、怒ってたわけだ」


その、しばらくしてから呟いた一言に過剰に神楽がイラつき。
またなだめるのに酷く時間がかかるなどと思いもしなかったらしい。
少女がファザコン以上に、潜在的ブラコンだったのを確信した銀時は、こっそりとため息を吐いた。











fin



more
06/03 17:04
[銀魂]




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