靴下はメチレンブルー色








「うばッ!」


突然、腰をからめた風に、神楽が奇声をあげ、教科書を落っことした。
紺色のプリーツスカートが持ち上げられ、神楽より後ろに座る生徒たちの目には、イチゴ柄のヒモパンがバッチリ映りこんでいく。
白い太腿のつけ根と、小ぶりな尻の割れめさえ見える。


「お〜っ!」
「あっ!」


声をあげたのはスカートをめくり上げた沖田ではなく、ふたつうしろの席の近藤や、そのまたうしろの男たち、そして女生徒に、教師である服部だった。当の沖田は、思っていたのとはちがう残念な結果に声こそだしてはいない。
国語科の次は、英語科の服部の授業である。
先ほどの事件以後、何事もなかったようにクラスが落ち着いた中で、何も知らない服部が生徒に少しずつ教科書を読ませていた。そうしながら、読んでいる生徒───さっきの場合は神楽だ───の近くの席の間をゆっくりと歩いていたのだが……。


「っ……テメェェッェ!何さらしとんじゃゴラァァァアっ!!」


不意のできごとに固まっていた神楽は、一秒か二秒あとには体をよじり、沖田の手を払っていた。


「いちごだ」
「イチゴ……」
「つーかヒモパン…?」
「ヒモパンって意外……」
「とりあえず合格ってとこか……」


たちまちざわめきがひろがり、スカートのなかが見えなかった者達へも、ことの次第が、あっというまに伝わっていった。
校則ではいちおう下着は白かベージュと決まっているが、検査なんてされたこともないのだから誰も守っている奴なんていない。よって神楽もその日の気分でお気に入りのプリントものからひとつ選び取ることが多かった。お気に入りのソレがなくなった時はさすがに焦ったが、無事事件も一件落着してホッとしたのも束の間───…これだ。スカートをめくられたからには、神楽だって動揺する。


「〜〜〜っ何のつもりアルカ、お前ッ!」


動揺を鎮めなければと思いながら、一方でその動揺を悟られまいとして、神楽は毅然さを装って沖田に掴みかかった。


「……いやねィ、 ほら、さっきパンツ盗まれたわけだし? ノーパンかな〜、って思いやして」
「んなわけねーダロっ! そこまで神経図太くないアル!」


実際に、先ほどの水泳の時間で、何人かの女生徒のパンツがなくなり、クラス中が騒然としたのだ。神楽のものも盗まれたようで、替えのパンツを持ってきていた神楽は、ノーパンをまぬがれたが、無くなった女子は友達に頼んで近くのコンビニに買いに行ってもらっていた。犯人は学校に潜り込んできた変質者だったが、今頃警察でこってり絞られているだろう。


「いやでも、気になって気になって授業に集中できねーし」
「んなの知るカッ。 おまっ、高校生にもなって女のスカートめくったりして、恥ずかしくないアルカァ!?」
「俺ァ、ほかの奴らの気持ちを代弁してやっただけでィ。もしかしてこいつノーパンじゃね? って疑ってたんは、俺だけじゃねーって。フツーまず絶対疑うから」


ニヤニヤしながら周囲を見渡す沖田に、よせばいいのに目を逸らす者(ほとんど男子)が続出して、呆れる神楽とともにクラスじゅうの女子から顰蹙を買った。彼女たちはコソコソ言い合いながら、罰の悪い顔でうつむく男子生徒を見やっては、軽蔑の眼差しを向けていく。中には幼稚な沖田の餌食となった神楽の不運に心底腹をたてている者も数人。神楽が沖田を締めあげガクガク揺さぶっているので口こそ挟まないが、青筋を立てた額が…怖い。


「このままじゃ気が収まらないアルっ、覚悟するネ!」


神楽はスカートをめくられた屈辱を返すように、ドンと沖田を突き飛ばした。そしてそのまま馬乗りになって殴りかかろうとした。
が、
強烈な『腿パーン』が彼の太腿に炸裂する前に───彼女の足は空を切っていた。


「…………お前らさァ、 いま授業中だってこと忘れてない?」


とりあえず無視されっぱなしだった服部だ。これでも教師であるからして、目の前で繰り広げられる公開暴力を止めにかからねばならなかった。小さく軽い神楽が彼にひょいっと持ち上げられ、着地とともに宥めるように頭をポンポンされる。


「っ、だってセンセっ!」
「はいはい、スカート捲りした沖田くんには罰として、放課後トイレ掃除でもやってもらうから。 俺から銀八先生に言っとくから、それでいいでしょ」
「まだ甘いアル! 乙女のプライドが傷つけられたのヨ! 先生には私の屈辱なんてわかんないのヨ!」


そうよそうよ、とクラスの女子からもブーイングが洩れる。


「わ〜かった。じゃあ、トイレ掃除を三日間連続でやってもらいましょ」


男教師とは総じて女子に甘い傾向がある。服部もそれにもれず、といったところか。沖田は尻餅をついていた体勢からようやく立ち上がり、秘かに歯ぎしりした。
だいたい教師が女生徒を気安く持ち上げるのは、何の問題もないのかと言いたくなる。神楽がその『おさわり』に何の反応もしないのもムカつく。


「───ってことで、この話はここまで。 授業再開するから教科書開きなさいね、君たち」


沖田の反省皆無な怒りの矛先には気づかず、服部は落ちた神楽の教科書を拾って手渡してやりながら、内心辟易としていた。
高校生にもなってずいぶんと幼稚なことだ。小学生と勘違いしてるんじゃないだろうか。好きな女の子をイジメる奴ってのは、たいてい素直じゃない。
だいたい五月の終わりに神楽が留学してくるまで、常に飄々と女なんか興味ねーやといった沖田しか知らない服部は(といっても担任ではないので授業態度やら坂田から受けとった印象だったが)、青いねェ…と思いながらもその青さが逆に腹立たしかった。彼の視界にもばっちり神楽のイチゴパンツは目に入っている。自分も男である。お子ちゃまにしては予想外のヒモパンに、少々焦ってしまったのは仕方ない。



「えーと……じゃ、桂くん、43ページのところ英訳して」


教壇に辿りついた服部は動揺を押し隠して教科書を開いた。そのとき、座ろうとしていた神楽の右隣にいた男子生徒が、今度は彼女の前からスカートをひょいっとめくり上げた。


「ぎゃあッ!」


「あっ!」
「おお〜っ!」


三角ビキニのように面積の小さなヒモパンが、またもやクラスメイトの前で曝される。
今度はみんなの注目を受けてたときに起こったことだけに、ほとんどの生徒がスカートのなかを見てしまった。
スカートをめくった男は、面白そうに隻眼を歪め、ニヤリと笑っている。


「あーほんとだ。イチゴのヒモパン、可愛いじゃねーか」


どうやら先ほどは見逃したようだ。 隻眼が神楽のスカートの中から沖田へと移り、またニヤリと笑う。


「〜〜〜っこのクラスは変態ばっかアルカァ!?!」


犯人の腕をつかんだ神楽は、乱暴に男を蹴り飛ばした。
だが、ふっとばしたと思った男はうまいこと受け流して、ノーダメージだ。いくら神楽の腕っぷしが強いとはいえ、不良として近隣の高校からも恐れられている高杉には通用しなかったようだ。続けて繰りだした拳もまんまと避けられ、しまいには癇癪を起こしたみたいに神楽は地団太を踏んだ。本気で悔しいのか、目尻に少し涙がたまっているのが───困ったことに……可愛すぎる。非常に不謹慎なことだが教師である服部も、注意することさえ忘れて凶暴な美少女に魅入っていた。
しかも堰を切ったように、クラスじゅうが二人の喧嘩を野次りだすから──…これじゃあますます授業がはかどらない。
沖田が高杉を睨むように見ている。…いや沖田だけじゃない、ここから見るかぎりかなりの数の男子生徒が神楽とじゃれてる高杉を睨んでいる。
……ああ、そーいえばさっきパンツ盗まれたとかいってたっけ?
どうやら先ほどの時間にこのクラスがうるさかったのはそのせいなんだろう。
沖田や高杉のように、単に小動物に悪戯することを覚える痴れ者もいれば、誰だか知らないが犯罪者すれすれの奴もいる……陰ながら面白がる者まで……。


(なんつー酷いクラスだ……)


何よりひとりの女の子を中心に世界が廻っている…。


(しかもジャイアンばっかだし……)


神楽といい沖田といい高杉といい、今は黙って見守っているが裏番として教師たちからも恐れられている志村妙といい……。とにかく個性豊なZ組。
さすがの服部も溜息をついた。
教師とはこれすなわち毎日が戦いである。いかに一年Z組の授業のときは脱線しないよう注意するか。また、廊下や校外では、神楽をいかに早く見つけて避けるか。目下、自分でもヤバいなと思いだしている服部の身を分別から守るにはそれしかなかった。









fin


07/23 18:33
[銀魂]




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