枕の下にはレダと白鳥







骨に添うように、触れるか…触れないかの…タッチで、ゆるゆると指が行き交う。
左肩の輪郭から腕にかけてに、これも羽のような軽すぎる感触のくちづけを繰り返されていた。
背中ごしに感じる体温と、くすぐられる淡い愛撫。
あまりにも繊細で、緻密で、まるで泡にでも洗われているような気分。
優しすぎるのが……正直、物足りない。
それなのに、ふと、身体は奥の奥のほうから何か官能的な感動を覚え、横向きに寝ころんだ肢体は、ねっとりとシーツにへばりつく。
もどかしくて…、物足りなくて…、じれったくて…。
なのに肌は粘るほどの恍惚を覚えている。
ゆっくり…、ゆっくりと…。
指先が、爪先が、皮膚をくすぐるせつなさ。
ぞくぞくとした予感のようなものが、次第に明確になっていく。
シーツに横顔を押しあてて、ゆるく開く唇で吐息を繰りかえした。
触れては離れていくくちづけが、秘められた仕草に潜む相手の想いを確かめる。
隠せやしないんだと、たとえどんな形でも。
触れ合う瞬間に──…何度もたどった。


「……今日は優しいネ。 どうしたアルか?」









枕の下にはレダと白鳥











ドスンっ…!!


衝撃の直後に、ぐえッと蛙のひき潰されたような呻き声をあげた。目覚めた瞬間からすでにこの状態だったので、起き上がる頃にはなかなか呆れてしまった。


…───いったい、ぜんたいこれは何事だ?


寝ぼけまなこの頭で考えてみても、布団の上からしがみついてくる小動物の意味がわからない。
朝から勝手に家に侵入してきたばかりか、人の部屋へと入ってくるなり、寝込みの銀八の上にダイブしたらしい神楽を見やって、彼はもう一度布団に向かって倒れこんだ。
……安眠妨害もいいとこだ。すばらしく手のかかるダメ犬をペットにもった飼い主の気持ちがよくわかる───…って、いやいやいや、わかるじゃねーよ。わかりたくもねーよ。それでなくても少ない睡眠時間を削られて、目覚めの気分まで台無しにされてはかなわない。


(つーか、まだ外……暗くね?)


…──げッ、まだ五時じゃねーか…!! 勘弁してくれよー…オイぃ。
朝からコレはどういった了見だと、一応頭をめぐらしてみる。ロクでもないこと、それだけは、とりあえず予想はできるが……。
仰向けの男の腹の上で、いまだコアラの抱っこ状態の少女に、片手でようやくその頭をポンポンとあやす。
ばっと顔を上げた表情に、ため息が出た。
いったい何なんだ、思わず怒鳴りつけてやりたいのに、どうやら先に怒っているらしい小動物の機嫌をこれ以上損ねるとなると、また問題だ。
大きな目に涙までためて怒っているのだから、もうどうしようもない。
銀八は神楽をのせたままずりずりと上体だけを起き上がらせた。
じぃぃっと睨まれる視線が痛い。
だから何なの朝から……
むくれきっている丸い頬を、手の甲でさする。
しばらく構ってやれなかったせいか、その感触がひどく心地よくて、堪らずぷにっと摘みあげた。


「いひゃい…」


怒った目元と遊ばれた口許のギャップに、結局笑ってしまった。


「どうしたんだよ」


とりあえずちゃんと起き上がって、少女のやわらかい両頬を両手で持ち上げるようにして覗きこむ。
朝からこんなところ…他人に見られでもしたらたまったもんじゃない。とは思うが、あいにくここは自宅だし、このまま怒って帰すという選択肢は銀八の中にも神楽の中にも無いのだ。


「どうして、銀ちゃんじゃないのヨ……」


神楽が彼の膝に坐り直して、言う。


「何が」
「夢のなかの男、、 銀ちゃんじゃなかったアル」
「夢…?」
「っふりむいたら…! 銀ちゃんじゃなかったアルぅぅ」
「…だから?」
「だからっ、ずっと私に触ってるの銀ちゃんだと思ってたのに…っ、ぎ、銀ちゃんじゃなかったアル!」
「…………悪い、意味がわかんねーんだけど」
「銀ちゃんのせいヨっ」


先生がしばらく神楽をほったらかしにするからこんなことになるのヨ…っ!
顔をわずかに赤くさせて訳のわからないことばかり口走る少女に、銀八は困りながらもどうしようかと考えた。
可愛いことばかり言うその口をどうしてやろうか、と。
朝からそれこそドツボに嵌まってしまいそうで、咄嗟に、しぃー、と指を当てて小さな口を黙らせる。
むっと噤んだ神楽が、銀八をにらむ。
小声でつづけた。


「とりあえず落着けって、 」
「………銀ちゃんは、…私が他の男に、好き勝手されてもいいっていうアルか」
「いや……って、はい?」
「髪の長い優男に、私があのままヤラれちゃっても良かったっていうのカヨ!」
「……いやいやいや、つーか何の話だよ! 夢!?妄想!? つーかコレ俺の夢!?」
「夢じゃないアル。 私の夢ヨ!」


…っ〜〜〜〜だからどっちだよ! わかんねーよもう!
あっちにいったりこっちにいったりする少女の要領の得ない話を必死になって繋げてみるも、いまいち、判断できなかったが、次の神楽の一言で、銀八は目を見開いた。


「え、何?」


あどけない童顔は相変わらずむっつりとして、夢でも銀ちゃんがいい、なんて一言をハッキリ聞かされる。
思わずもう一度訊きかえすと、今度は、先生なんか嫌いヨ、と。
そして布団の上に足を投げだし銀八の膝の上から降りたかと思うと、コロンとその場にうずくまってしまった。
完全にフテ寝の体勢だ。
しかも、まるで事態はあべこべ。
彼の愛情を目算に入れてきたこの少女は、思えばすべてが唐突でまったく茶番に他ならず、銀八の前に神楽の意志や感受性や、ともかく愛情以外のものがまったく強要されていないことだけは確かなのだ。
それが少女の甘えと信じていいのか、これもハッキリはわからない。
遂には、嫌いなどと言ってみる。それが神楽の癇癪じみた愛情表現と理解していいのか、それを判断するための夢の話さえ曖昧なのだから、事態はともかく、銀八が神楽と同格に成り下がる以外に方法がないのだ。
それには、いま、ここで、恋人以外の分別が、どうして必要だろう。
何より、銀八にも久しぶりの神楽とのスキンシップが必要だった。
とりあえず気にかかることを一つ、思い出した。



「髪の長い優男ってのは、誰のことだ?」



じっくりとはいかないが、これだけは聞き出しておかないと、全く気が済まない。








fin



2020.08.31 拍手up




11/23 20:12
[銀魂]




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