草の緑をどぎつくする







自分の机が、ありがたいことにあのZ組教師から離れていることに感謝している。ここに勤めはじめた頃は、学年主任の何人かと女教師以外、誰も俺に話しかけてこなかった。問題のZ組担当、国語科教師の坂田銀八は、実に教育者失格な、だがいざというとき不思議と頼れるムカつく奴で、それでいて、いつも誰彼かまわず信用を無くす事態に陥っては自業自得きわまりない墓穴を掘っていた。
留学生のピンク頭はそんな教師にこれまた不思議となついている。俺自身、なぜ奴と衝突するのかわからないが(波長が似ていると周りからは言われている)、おかげでお互い気に入らないのによく言い合っていることから、その結果、ほかの連中や留学生は、奴を痛い目にあわせたりさまざまな休戦協定を交渉したりする際に俺の協力を仰ぐようになった。
この学校に勤めている連中を、俺はおおむね気に入っているが、奴らは仕事について年じゅう文句を言っている。校長からしてふざけたこの学校は、副校長のジジイの時点で校長の悪口をいつもぶつぶつボヤいている。仲間同士の嫉みあいのレベルはそんなに高くはないが、不満のレベルは意外と高い。お決まりの内部抗争や縄張り争いもしっかりある。あらゆる生徒の問題に関して(特にZ組)は、つねに噂が飛びかっている。
ピンク頭の留学生に悪夢をみるようになった頃、落ち込んで現実否定にほとんど憔悴していた俺は、一度だけ犬猿の問題教師と一緒に飲むことになった。
甘党で、馬鹿っぽくて、チェーンスモーカーの奴は、何を思ったのか留学生に関して知るべきことすべてを俺に教えてくれた。その誘惑の途中、俺は酔って朦朧とした頭で思い当たった───明日になったらきっと、あの小娘は俺に関して知るべきことをすべて教えられているかもしれない…。なかんずく、俺がこの晩、恐るべき嫉妬を発揮したのだと奴に面白がられて。
(酷い誤解だ・・・と言いきれないのがもはや悲しい)。
案の定、バラされはしなかったが、それ以来何ヶ月も、俺があの留学生と五分以上話しているのを目撃されるたびに、奴のからかいは再燃する。女生徒のひとりやふたり、手を出したこともありそうな不良教師が、悲しげに首を振り、俺に対する 『失望』 の念をささやくのだ。…ムカつく。いや、


くっそムカつく!!


でも俺に何が言える? 俺は奴みたいな馬鹿でアホでどうしようもないダメ人間さえ失望させる人間なのだ。
やっと現実を見て見ぬフリもできない気がしてきたのは、失望の技法をたちまちマスターしたのち、今度は幻滅の化学に進んで、これに全面的に精通するに至った時点のことだ。その頃には、俺に何か立派な、あまつさえ聖職者の鑑となりえると思ったりした無垢な奴らを、俺はもうとことん落胆させていたのだった。
そして今朝、俺は出勤したとたん、ピンク頭の留学生と出くわす。しばらく避けに避けていた身長155センチの、小柄で華奢な小悪魔は、俺が自分に対して最近優しさを欠いていることをおおっぴらに、ふてぶてしく嘆いた。心の底では、自分がなついてる以上にかまってくれない俺に、不満を感じている。しかも無意識に!(たぶん)
彼女はしばしばこういう茶目っ気でからかいを終える───


「先生がおとなで、私がこどもだってのはわかってるヨ。でも先生は結局いつだっておとなじゃない!」


この留学生と出逢って以来ずっと、俺はどうやったら彼女の存在を押し殺すことができるかを考えている。
もっとも、もし本当にそうできてしまったら、そのあとどうするかは不明だ。何しろ本人は俺に対してまるっきり無防備で、無頓着、しかも無自覚なうえ酷い無邪気でもある。何も知らないようだし、まともな性格なら、あんなダメ教師にはなつかないだろう。何事も型にはまらないせいで、さらに大きな計算違いをこっちに犯させて、そういう態度もはったりだと思ったりしかねない…。
たとえば俺も (言われた方はどっちでもいいと思うかもしれないが)、あのいけすかない問題教師がいっそほのめかしてくれた方が楽ではないのかと考えることもある。
何はともあれ、理性的な人間なら当然くだすであろう判断に逆らって、俺をけしかけてくれて───いるような気もしないではない───ムカつく奴なのだ。
かくして坂田銀八という教師は、ピンク頭の留学生を日々堂々と可愛がり、その存在全体でもって俺への脅し、嫉妬を煽り、種々のメッセージを発しつづけているのだ。


「神楽ちゃん」 ───呼ばわりなのがまずそのひとつ。


「先生のお気に入り」 ───宣言はおおっぴらに。


「お前みたいなロリコンと一緒にすんな!」 ───もレギュラー格だ。


それでなくても留学生はことあるごとに担任の奴を信頼しきっている。ことあるごとに駆け寄っている。ことあるごとに一緒にいたがる。俺との会話もおおかた奴のことを引っぱる。
奴の方は、彼女を可愛がっているのに疚しさはハナクソひと粒もないと豪語している。
これは危険な落とし穴としか思えない。
俺に変な度胸をつけさせて、思いきった手を打っても大丈夫だなどと思い込ませかねない。
この職をクビになったらどうしてくれるんだ…!
まだまだ俺にだってその覚悟はないんだ。
なら単に、ロリコンなだけだろという奴の方こそ、俺は安全パイに安穏としているとしか思えない…!
ロリコンだろうがそうじゃなかろうが、それこそどっちだっていいのだ。
問、題、は 、悪夢のような痛手。
現実と、夢の痛手。
教師としての致命的な痛手。


単に傷つくだけならこんなにも悩まないってんだ。
チキショー。










fin


11/20 09:26
[銀魂]




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