ひなぎく







「お手っ!」


「誰がお手だッ」



ポピー色の冬のコートから差しだされた手に、いっちょ前にレディー気取りのこの小娘を──。土方はどうしてやろうかと呆れた。
この短気な鬼の腕に手をかけ、足どりも軽々と並木道をすすもうという少女は、彼の内心など知るよしもない。
雨あがりの水と落葉でいっぱいのイチョウ並木をのんきに歩いている。
ときどき、小さなレディーが水溜りに足を踏み入れないために手をさしのべてきたが、それは土方を居心地悪くさせ、自分にそのことを思い出させた彼女にできるだけ無関心を装おうとした。
土方は肘から先の腕をどうしていいのか判らなかったし、先の方に申し訳なげにぶら下がっている自分の手も、空気抵抗にあえぐようにどうすればいいか判らなかった。


なにも神楽は土方に、物をねだろうと要求するわけではなかった。
たかが百円の駄菓子をおごってやるだけで心から嬉しそうにするので、彼は自分が新鮮な、しかし心の中では軽蔑している──肉体を金で買う年取った男では当然なく、子供にご褒美をやる普通の男である気分になるのだ。
もっとも土方はそういう気持ちをすぐにしりぞけた。ありがたいことに、彼はまだそうした貪欲でしたたかなチンピラ少女たちに対して、父性的で保護者めいた態度をとるなんてことはしたくなかった。
土方は決して現実をごまかそうとはせず、むしろニヒルで醒めた性格だった。神楽のほうもそれは感じていて、それが彼女に最小限の尊敬心を起こさせていた。


大きな水溜りがふたたび、二人を隔てるように眼前に立ちはだかっていた。土方はそれをまたぐ前に一瞬、神楽を見つめた。
神楽はニヤリと遠慮もなく土方の腕に力を込めてしがみつくので、彼はせーので水たまりを飛び越えてやった。
脳裏に稲妻のような考えが一瞬走ったが、たぶん気のせいだろう。
そう思うことにした。
小娘が自分のような男に懐くことに奇妙な愉悦をおぼえはじめているなど、もってのほかだった。
たとえ、ずっと帰り道とは逆の方向の道に進んでいたとしても。どこに歩いているのか自分でもわからないままでも。
たとえばそのソックスを泥だらけにしたいとか、そのコートを引っ掴んで皺だらけにしたいとか、その今日しているめずらしい三つ編みを解きたいとか、話し掛ける勇気もないくせに夢想するどこぞのケダモノたちと自分は違うのだ。もしそんなことをしたら、あの保護者気取りの男が血相を変えて土方たちを殺しにくるだろうし、簡単にトチ狂ってしまうのではないかと、そう考えるだけの常軌を逸したものを感じ取っていた。
まだ赤ん坊の脂肪も抜けていないような十四歳の娘に、このむっと籠るような無垢で白い娘に、誰かはとりわけ興奮させられているわけだ。
このまったく空っぽの若さには、汚してほしいとせがんでいるような雰囲気も漂っているが、自分はそういう男ではない──…はずだ。



『少女』そのものはいかがわしくも無垢でもないが、この娘にいたっては無垢ゆえにいかがわしい。
まるでそれがヒトの畜生の性の本質であるとでも言うように。
きわめて重要な問題だ。
そんなふうに思えるくらい、神楽は小娘と認識したところで公然と見守るのをはばかられる部分があった。
凝視されるときの居心地の悪さを想像すれば、こちらのいわんとすることが理解してもらえるだろうか。
そこに不逞と、憎めない稚(おさな)さの影は容易に想像させるが、少女個人の、あるいは彼女のいかがわしさというよりも、自分たちの性がそうあるということかもしれないと、妙に圧しつけがましい敗北感に怖れおののくのだ。
いかがわしくない性がかつて存在しない以上、いかがわしくない存在が意味を持つはずもない。
土方の身上もそこにある。




ひなぎく










fin


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03/18 18:45
[銀魂]




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