オープニング・ナイト







自分より四十分ほど遅く戻ってきた神楽が、まさか男を連れてくるとは思わない。
金時は唖然とした。それも、瞳孔の開いた…常人とは思えない男だ。
まさかストーカーを連れてきたとか言わないよね? うちの女王さま。


「この人、今日から私の手駒にすることに決めたネ」
「はっ? …え…・・えェェェェ!?」
「パピーにはまだ内緒ネ」
「…それはちょっと…」
「やっぱまずいと思うアルか?」
「つーか…どちら様?」
「どちら様アルか?」


神楽の口ぶりにまだ名前も聞いてなかったのかと、金時はふたたび呆れた。


「お前こそ誰だよ」


この東京の、実質裏のボスである女王のお城にお呼ばれされたわけだから、それなりに礼節は持って接しなければならないわけだが・・・、この男の、この口ぶりに、金時はムッとなった。


「喧嘩しな〜いの。仲良くネ、ふたりとも。 で、オマエの名前は?」
「…土方十四郎」
「本名アルか?」
「どっちでもいいだろ」
「それもそうネ…、  トーシロー」


初めて神楽の唇から自分の名前を告げられて、男…土方は、妙にあくどい居心地の良さを覚えた。が、それを吐き捨てるように金髪の部下にふたたび視線をやった。


「で、こいつは誰なんだ?」


SPが待機していると神楽が言っていたので、ものすごく体格のいい黒人かなんかだろうと思っていただけに───このだらしない金髪の男を見て、かなり拍子抜けだ。コイツはいつもお前に引っ付いてる世話役かなんかじゃねーのか、と。だがむしろ自分のことは棚にあげて、その得体の知れなさが気味悪い。


「金ちゃんは、私の右腕ヨ。もひとり新八ってのが左腕にいるんだけど、今日は店のほうを任せてるから」
「四六時中いっしょなのか?」
「質問ばっかりネ。そうヨ、ほとんどいっしょ。ネ、金ちゃん?」
「ああ…」


金時は男を睨みながらその全身を不躾に眺めた。
悔しいけど顔はいい。ただ、神楽の好みからは少しかけ離れている気がしないでも ない。どちらかといえば、綺麗めの男は趣味じゃないはずだ。たとえ手駒として利用しようとしているのだとしても。


「何ヨ、疑ってるアルか? 残念ながら金ちゃんとはまだ清い関係ネ。話は部屋で聞くから、先に入っててヨ。
…あ、先にお風呂に入っててもいいアルヨ? オマエ、汗くさい」


神楽はこれからの時間に少しわくわくした。
男が神楽の部屋に消えると、金時はどういうことだと尋ねた。
エレベーターでの蜜事は伏せながら、神楽がかいつまんで事のなりゆき話すと、やはりいい顔はされない。信用ならないと、はっきり言われた。それでもボスである彼女が一度決めたことだ。彼にその判定を覆す権利はない。



「身体の相性が悪かったらすぐ捨てるから、大丈夫ヨ」


妖しいまなざしを向ける神楽に、金時は絶句した。


「覗きたいアルか?」
「……いい加減にしろ」


彼は大きなため息をついた。
女の武器が満載に見える見かけほど、神楽は尻軽ではないのだ。だが、幼くしてセックスの快楽を知った女であり、生来の悪女嗜好を持つだけに、仕事だけに身体を売ったりはしない。好みの男がいればセックスはする。それが当然のことであっても、扉一枚隔てた部屋でほかの男とベッドインされるとあっては、金時としても冷静ではいられない。


「金ちゃんが相手してくれるなら、アイツとは寝ないアルヨ?」


神楽はふふっと笑った。この部下が、自分を大切に思ってくれているのはわかっていた。並外れた忠誠が、それでいながら心地よく神楽を子供あつかいする彼の優しさが、自分の中のどうしようもなく消すことはできない “不条理な悲しみ” をいつも悉く癒してくれるからだ。
でも、それを愛と錯覚することは神楽に許されてはいない。
手放せない右腕だからこそ、神楽は絶対に金時には手を出さない。新八にもそれはいえる。だが金時だけは、神楽にとって特別の絶対なのだ。それがわかっているから、金時は奥歯を噛みしめて笑った。…顔が歪んでなければいい。 神楽への忠誠はもちろん、最後まで道連れにされたいと望んだときから、彼は細胞のひとつまで彼女に捧げることを自分に誓っている。
それなりにまっとうに生きてきた道を、神楽との出逢いによって破壊され、滅茶苦茶にされることを望んでいる。



「何かあったら、すぐに呼べよ」


最後まで部下としての姿勢を貫き通した金時に、神楽もエレベーターでの男との猥褻行為は一言も洩らさなかった。






オープニング・ナイト










fin


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03/19 18:03
[銀魂]




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