阿修羅ガール -2-







「――別に、続けてもいいぜ?」


「!?」


びっくりしたのは何も神楽だけではない。
地面に突っ伏していた男も聞き間違いか、と思わず顔をあげ、彼を見た。
そんな二人に、黒服の警官はなおも口の端をニヤリと歪めてみせた。


「黙っててやろーか?」
「ぇ……え…?」
「だから、黙っててやるっつってんの。渡すもん渡せばな……」


ひとさし指と親指を擦り合せ、何やらサインを送ってくる。
そのわかり易い仕草に、壮年の男は一瞬ポカンとするも、すぐ様したり顔で目配せを試みた。
茫然と見上げる少女を他所に、男二人の表情には同じような歪な哂いが浮かび上がっていく。


「なん…ネ…?」


知らず知らず出ていた神楽の声に、僅かな震えが含まれた。
しかし壮年の男は危機を脱したと思ったのだろう、少々ぎこちなくはあるがのそのそと神楽へ近づき、哂いながら耳打ちしてくる。


「あぁ、君は心配しなくていいよ。彼はどうやら話のわかるお役人のようだ」
「お…役、人?」


目の前の闇が、歪んだ気がした。


「大丈夫。君も捕まったりしないから。被害が及ばないよう金は弾んでおく」
「お 金…?」
「警官が、みんながみんな正義面する奴ばかりじゃないってことだ」
「……警…かん?」


視界の隅に、闇に紛れて佇む男が見える…。あの口元はまだ笑っているのだろうか?
浅くなる呼吸を必死で押し止めながら、神楽はそんなことを思った。


「大丈夫、怖がらなくていい。私がうまくやる」
「でも…」
「私にすべてをまかせておけばいい」


そう言って、男はへこへこ頭を下げつつ、慇懃無礼にそのお役人様とやらに向き合った。


「で、旦那、どれほどで…?」
「―――そう…だな。コイツと同じ額でいいぞ」
「じゃぁ五万でいいですかな」
「へぇ、そりゃちょっと安すぎねェか」
「……では旦那にはその倍を…いや…三倍で、」


どうです?…と、壮年の男に刻まれた目皺が厭らしい哂いに沈む。
さすがに自己の保身のためにもケチるようなことはしないが、その顔には醜い同属意識がありありと浮び上がっている。
あけすけな二人の取引に、神楽もだんだんとその意図を掴み始めていた。
あろうことかこの死んだ魚の眼をした警官らしき男は、これから起こる売春現場をみすみす見逃すと言っているのだ。
それも金を受け渡すことを義務づけて…。


「まぁ…いいだろ。―――じゃ、俺はその辺で見学させてもらうから」
「!?」
「…ほぉ。では旦那、私が終わった後、この娘をお譲りしましょうか?」


神楽の見開いた目をしっかりと捉えながら、警官はまるで品定めでもするかのように動けないでいる彼女の全身を、あの死んだ魚のような眼で、また暫く見つめ続けた。


「……考えとくよ」


ここにきて、心臓が不規則な鼓動を刻みだすのを神楽はもはや堪えることができなくなっていた。まさか…の展開に、目の奥がまるで外から押し込められていくように重く鈍い。反論の自由さえ許されない汚い大人の世界を見せ付けられて、頭の中が熱く軋む。本格的に、身の内から何かが震え出すのを止められなくなる。


「あ…」
「大丈夫。彼はいい人だよ」


初めて感情という感情を露にした少女に改めて圧し掛かった壮年の男は、優しく彼女の頬を撫ぜた。


「…っ!!……ひ…」
「大丈夫。彼のためにも、うんと気持ちよくさせてあげるからね」
「……あ…」
「見られると思うと、興奮するだろ、君も」


そうだ。見られている。わかる。じっと見られている。あの視線がじっと自分を見ている…!


「―――ひぃ…!」


カサカサとした手がまだ芯の残る淡い乳房を服の上からまさぐってくる。
それを離れたところからあの男がじっと見ている―――


「ほらァ、力を抜いて……。君はただ、僕のいうとおりにすればいい」


今度は硬く閉じた割れ目の中に強引に指が侵入してくる。何本かが蠢き、何本かが撫でるように先端を弄くる。
男もやっぱり見ている…!



「よかったら、声を出すんだよ。出来るだけ、彼にも届くよくに…」
「…ッ!」


細かい震動が小刻みに下半身を嬲る。
熟練した男の指技だ。が、その何十倍もの鋭い感覚に囚われてしまっている今の神楽には、快感としては伝わらない。
むしろ、嫌悪感はどんどん増す一方で……


―――嫌だ…見るな!!


「やぁ…!」


本気で身を捻り、手足をバタつかせた。
怖くて、気持ち悪くて、吐きそうだった。触れられている肌が、圧し付けられている肉体が、その場所から壊疽していきそうな感覚に、激しい眩暈が起こる。胃の奥も灼けるように熱い。咽喉の奥だって呼吸が詰まるほど粘る。鼻の奥が痛い。目の奥がチカチカする。まさしく錯乱一歩手前───…そんな神楽に男はいよいよ劣情を擽られたのか、身を乗り上げて接吻けを要求してくる。


「可愛いよ」
「い、―――――!!!」


これは自分で選んだことなのだ。自分で自分から、そうしたかったから、そうした。なのに、情けないとかもうそんなこと考える余裕もなく、神楽は声無き声で絶叫していた。その間にも、閉じた瞼の奥から消そうと思っても消えてくれない男の分厚い唇が、逸らされることなく確かな愉悦を滲ませて、神楽のそこへと近づいてくるのがわかる。顔をそむけてもがっしりとした手で顎を掴まれ、戻される。


「…!?」


この段階でようやく、押しのける自分の腕にまったく力が入っていないことを、神楽は知った。


「――――――!」
「やはり、少しは抵抗してもらわないとな」
「ひっ…!」
「綺麗なだけじゃつまらん…」
「ぁ…や……」
「もしかして、キスも初めてか?」
「…ぁ……ぁ……」


わなわなと震えだした桜色の唇にと息を吹きかけ、男は嬉しそうに嗤う。




「やぁぁぁあぁ―――――!!!」






次の瞬間、神楽の上から圧し掛かるすべての重みが一気に消えていた。そのかわりドガッと何かが打ち据えられた音がして、ゴロゴロと転がる摩擦音が響いた。かと思うと、続いて耳をふさぎたくなる程の悲鳴が辺りに迸り、そうして一瞬、駐車場がシーンと静まり返っていた。
しかし神楽がはっと瞠目し終わった直後だ。ヒューっと掠れるような声によって破られた静寂から、今度は抉るような鈍音を引き連れる野太い悲鳴が何度も、何度もあがっていくのがわかった。
恐る恐る寝転んだままの姿勢で横を向くと、ちょうどあの黒服の警官が、血反吐を吐いて地面に悶絶している男の襟首を片手で捻りあげ、近くの石塀にドガンッと勢いよく叩きつけているところだった。ドンッ、ドンッ、とそのまま何度も後頭部とコンクリートが打ち鳴らす盛大な轟音が闇を切り裂き、加えられている衝撃の大きさを撒き散らしていく。
傍から見ていてもそれは容赦のない攻撃に見える。
大の男が片手で持ち上げられ、ガクガク揺さぶられている。しかもその都度、鼻から口からと、噴き出た鮮血が地面に飛散し、朦朧となった彼の首筋から全身へと垂れ流れていく。
宙ぶらりんの両足はピクピクと痙攣し、もはや意識が途絶えるのも時間の問題だ。しかし、それでも男は、やめなかった。
気絶するまでやめるつもりがないのだろうか?
彼女から背を向けて立つ警官の男が、いったい今どんな表情をしているのか、神楽にはわからない。
あまりに一方的で容赦なく加えられる暴行に、神楽は半ば茫然とその異様な光景を見つめることしかできないでいた。







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08/13 17:18
[銀魂]




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