灰とダイヤモンド







「……わりぃ。」


待たせていた彼女の隣りにすわって凍えそうな指先を袖の中に隠した。
小便してくる、そう言って逃げるようにさびれた堤防沿いに並ぶ鉄鉱工場の裏で用を済まして戻って来たのも、制服のままの小さな背中が飽きず夜を映す川の流れを見ているから。
紺色のセーラーカラーが寒さで縮こまっているのを感じながら、お遊びで味わった少女の味を思いだす。
慣れない仕草ながらもいっちょまえに抵抗なく受け入れた唇に、逆に動揺してしまった。
それを振り払うように舌を突き入れ、彼女を強引に引き寄せた。
少女がきゅっと目をつむる。 絡ませ方を知らない舌が奥に縮こまり、それになぜか気をよくして歯の側面や裏側、
歯茎まで小さな口内を面白がって舐めた。
自分のそれは、技巧じみた嫌なキスだ──なぜかは解らない──そう思う自分をもてあまして、どうしていいのかわからず不自然にできあがってしまった彼女の口の中の空洞で、自分の舌だけをひらひらさせる。 いつまでたっても捕らえられない頼りない肉圧に、この下手っぴが…、と思わず嫌気が差してさらに唇を押しつけた。
震える小さな肩がやけに後ろめたくて、自分の背中にぞくりとしたものが走り抜ける。
邪魔くさいと本心から思ってみても、コイツも女なのだ・・・・・・。


(…──おいおい、味見するにももうちょっとランク上げよーぜ 俺)


理性とは裏腹に動いた指が支えた少女の首筋を撫でる。
くすぐったそうに初めてじゃれた彼女の吐息と、それを冷静に呑みこんだ自分の唇とが距離をとった。










(────そういや、手ぇ洗ってねーよな……。)


その手でまた触れるのもためらわれて、うっすらと明けはじめる地平線を見ながら、これって朝帰りさせたってことになんのか? 彼女と同居中の"教師"兼"保護者"を思い浮かべてげんなりする。
同じ高校とはいえ、こっちは2コ上で、あっちは16といってもほとんど中学生みたいなものだ。16の小娘と、ただボ〜っと、一晩じゅう川を眺めて……一度だけキスしただけ。───といえばそれまでだったが、帰らない年下にお供してずっと付いててやったのだから、それなりに不良と言われる自分も甘いといま反省する(今さら遅いが)。
だいたい話したことと言えば、


「この道、ここずっと行けばどこに辿り着くアルか?」
「……知らね」
「私行ってみたいアル」
「勝手に行けよ」
「夜は暗くてわからないアル」
「……じゃあ朝になったら行けばいいじゃねーか」
「朝は雰囲気に欠けるネ」
「何のだよ」
「…なんとなく」


工場地帯でもある川沿いの、その真っ暗なさびれた一つの道を指していう小娘は、どうして家に帰らないんだろうか。
一晩じゅう思ってても口にしなかったのは、下校帰りに友だちと遅くまで遊んでいた彼女を、たまたま街で見かけ、それから一度ならず二度までも───終電間際の夜の街をあてどなくうろつこうとする後姿を見つけたからで……。


(───帰りたくないのか?)


あまり話したことはなかったが、一応家はお隣だ。しかも少女の保護者とは幼いころから旧知なだけに、マンションが隣りだとやたら無視することも出来ない。よくサボる学校の屋上で、彼女とは何度かハチ会ったこともあった。
眼つきの悪いふてぶてしい男や(そういえば同じクラスの近藤とよくツルんでいる)、生意気そうな茶髪のガキと一緒だったり、他の男に呼び出されていたり、あるいは女同士連れだってペチャクチャ駄弁ッていることもあった。
その度にこっちとしてはこっそり場所を譲ったり、それなりにけしかけたりしてやったのだが、ここまで彼女のお相手をしたのは初めてだった。


『教師のくせに、生徒と同棲とはお前もやるよーになったな』
『同棲じゃねーよ、ど・う・きょ。 それと、先生に向かってお前はないだろお前は』
『テメーなんかお前で十分だ』
『昔はもうちょっと可愛げあったよ? お前』
『いつの話だよ』
『まーねェ、大昔だわな』
『せっかくお前んちから遠ざかったと思ったのに、今度は隣りにガキ連れてお引越しかよ。いい加減にしろストーカー』
『誰がストーカーなもんですか。 お前もあんま親に迷惑かけんじゃねーよ。高校生で一人暮らしって贅沢すぎんぞ』
『親の離婚に巻き込まれたくないんでね』
『あー…そういやそんなこと言ってたっけ。お前も考えてみれば不憫な子だねぇ』
『うっせーよ。お前は留学生の子守でもしてろ!』
『言われなくてもお前の子守はもう卒業だっつの。それでなくても手がかかるのに…』


そう言いながらも柔らかく微笑っていた保護者の男の顔を思いだす。ついぞ見ることのなかったソレ。
ああ、手間隙かけてちゃんと保護者してんだ。そう思って、昔からそういや面倒見だけは良かったなと納得していたのに……。
こんな子供に家出させるだけの不始末をしでかしたのか。 そんな 『甲斐性』 があるとも思えないが…。



「そういやあっち、この川の向こうにあるアレ、ホテル街だって知ってたか?」
「あのキラキラの?」
「ホテルつってもラブホな」
「ふ〜ん」
「行ってみるか?」
「あんなところにハーレムがあったとはヨ。 知らなかったネ!」
「……。」



以上。会話はこれだけ。あとはずっと寒さにかじかみながら澱んだ川面をふたりで見つめること数時間。
上手くかわされたのかと思った最後の会話は、その後のキスで綺麗さっぱり忘れてしまっていた。
…そういや、乗せてやったバイクが途中でガス欠したのも、ここで屯する原因だったか…。


ジンジンと朝になるほど冷えこむ空気に、すわりつづけた石の防波堤はちっとも熱を留めてくれない。
足先、指先、鼻先、耳朶に加え、尻の表面まで凍えそうな初冬の夜明け。


朝陽が登るまであともう少し。


いっそのことこのまま朝マックして登校しちまおうかと考えて、ようやく踏ん切りがついた。


理由など意地でも聞いてやるもんか!





















それから数時間後、特に理由もなくオールしたかったと白状したクソったれに、一晩じゅう彼女を探して疲れはてた教師のゲンコツが落ちたのはごもっともな話。 ついでに俺まで巻き添えを喰らって右ストレート。
とりあえずしばらくはあのキスは忘れたい。







fin


more
03/20 17:44
[銀魂]




・・・・


-エムブロ-