───彼らに知られてしまったことで、神楽の幼い、仔どもそのものの悪意や残酷性は、年若い獣のそれのように満を持して、さらに内に籠もるモノとなってしまった。
二人のことは、記憶がない悪夢のようだ。
二人は神楽を混乱させ、時には恐怖を感じることもある。
神楽に泣きすがったあの男の末路を、彼女は知らない。
教えて欲しいとも思わなかったが、聞きたくもなかった。
まるでどこかで彼らに監視されているような薄気味悪さを感じながら外に出ると、必ずどこからか二人のうち一匹の臭気が鼻につく。匂いとか香り、いやな異臭どころではなく、強い悪臭だ。
これは神楽だけが感じる、肉食獣の巣のような臭いだった。
生肉が放つような生温かく湿った空気を顔に感じるたびに、彼女はあの一時の気まぐれを、彼らに見られたことを後悔する。
神楽は保護者といえど(二人にとっては男も同然な)仲間たちと同じ屋根の下にいるため、余分な危険に晒されることもなかったが、自由を縛られることもなかった。仕事がなければ定春をお供に町中を探索してまわったり、訪れる知り合いのもとや友人の家も多かった。
家の中でごろごろするには限度があるし、いくらお気に入りのソファーの中に一度身を沈めると、起き上がるまでに大きな決心がいるほどでも、一日じゅう外に出ないでいられる日などない。
つまり、神楽には彼らの悪臭の中で行動するしかないのだ。


最近彼女は、二人に対して持つ感情が、自分が過去、彼女の父親や兄に対して持った一種の嫌悪感と同じものなのだ、とはっきり自覚するようになった。
彼女に生き方を強制し、もっと有意義に使えたはずの時間とエネルギーを消費させたことに対する、怒りともいえる感情だった。
神楽はこの感情を素直に受け止め、それを上乗せた悪意を注ごうと決めていた。
二人にそれがどういう気持ちで、何故そうなるのかを注意深く伝えるつもりはなかったが、自分の中におけるルールは毒々しくも説明してきたつもりだ。
自分には自由が必要で、それは譲れない。
つまり、ストーカーじみた監視も大概にしろと。
一緒に暮らす仲間たちにも二人のことは黙っているのだ。
ただし、獣の巣の臭いのことは、誰にも言えないもうひとつの真実だった。



ふたりのうち一匹の男は、いつもむっつりとしているし、会えばその硬い皮膚をした掌で、そっと行き先を…阻むようにして訊ねる男だった。
唇からは、神楽が大好きな保護者の男のそばへ行く時に嗅ぐのとはちがった、不快な煙草の匂いがする。
神楽は男の煙草を咥えるニヒルな口もとの形と、見ようによっては三白眼の、瞳孔の開いた眼に、今は酷く不快なものを感じる。
ある夏の蒸し暑い日、ほぼホットパンツのようなスパッツを履いていた神楽の、仔猫のようにぐったりとベンチに横たわっていた上体に眼をとめた時も、それは感じることができた。そして眼をとめた男が次に───神楽がゴムがきつくなったので、小さな両手の指をスパッツの裾からさし入れては───下へずらすように していた真新しい下着のあたりに、その眼を移した時も、彼女は異様な不快を覚えた。
保護者やその仲間が、神楽を甘いお菓子の匂いのする膝に乗せて背中を撫でてくれたり、風呂上りに、彼女の自慢の髪が乾くまでドライヤーをかけてくれたり、または怪我したお腹のあたりや太腿の傷跡に、ぬり薬を丁寧に塗ってくれたりする時には覚えなかった、ひどく不快な感覚だ。
しかし男は、天性の巧妙さで、カッコをつけた自分を装うことを知っている。
神楽が恐れているのは、男が自分の不安を暴力への愛で隠そうとすることだった。
男が初めて神楽にかまってくれた時、彼女は誰にもなつかない野生の獣を手懐けた気がして喜んだ。
けれどそれは、あの日以来、変わってしまった。


それでも、出逢ったころから男は、特に声や言葉遣いなど、神楽に接する時は優しかったのだ。彼女はそれを優しさだとちゃんと理解していた。
しかし、頑固で暴力的なところもあった。
一度何かに反抗すると決意した男を動かすには、力ずくしか方法がなかった。
過ぎたことにも自分の中に何か卑劣な感情を持ち続ける、そんな男だった。
でもだからといって、掴みかかられた時は、神楽のほうがびっくりだった。びっくりしすぎて、あらん限りの力で抵抗しようとした。
神楽はいつも男の善悪のありようと、その善悪の中にもちゃんと貫かれた彼自身の正義を見てきた。彼女の保護者とどこかしら似かよっている男の行動は、時に神楽の中の何かをも、不快感を忘れて震えさせる強度を持っていた。
しかしそんな感情も、あの日、よたよたと逃げ去る犯罪者の背中をぼんやりと見送って、家に帰りついた夜までだった。
男は通りの街灯によりかかっていた。
ひとりだった。
暮れかかった歌舞伎町の、ガラの悪い家の前の通りには、すでに酒の入った若い水商売の女たちのまわりに、興奮して笑い転げている若者たちがたむろしていた。
男は結んだ口に煙草をくわえ、囚人のような苦しみをたたえた蒼白な顔のまわりに、紫煙を漂わせていた。闇に融けそうな黒い全身は、鴉の濡羽のように湿気を孕んでいる。男のそばには誰もいず、片足を電柱にかけて立っていた。
残虐で挑戦的な空気が、まわりに電気のように走っていた。
若者たちの群れが解散し、ひとつのグループが男の前をぶらぶらと通り過ぎようとした時だった。男は足を出した。背の低い中年が、その足につまずいて灰色の歩道に不様に転んだ。
男は顔にかかった髪をかきあげ、仁王立ちで嗤っていた。



「───お前はチンピラかヨ。 …いったいどうしたネ」


神楽は冷たい手首を逆の手で握りこんだ。
男のパトカーに乗せられ、話があると車内に閉じこめられた時も、神楽はできるだけ明るくふるまおうと努力した。
いったい何アルか、ともう一度尋ねてみもした。


『クソくらえ』


急いで火をつけようと煙草をくわえた男の口は、確かにそう言った。
神楽にはライターの炎で男の顔が見えなかった。
一瞬、男の肩に触れた時の感触は石のように固い筋肉だった。
彼はすでに、神楽が怖れた男になっていたのだ。掴みかかられたのもその時だった。頬をはたかれたのも。男の運命に他の選択はないようだった。
男への不快感もあらわに、今まで以上に悪意を注いでやろうと神楽はその時に決めた。
けれど、彼女の大好きな仲間がいる家に辿り着くまで、そのパトカーのヘッドライトのまぶしさと、街灯が放つ蒼い金属製の光が、神楽の目を悩ませ続けた。
仔どもの頃は、もし父親の愛情が振り払われたとしても、神楽は仔ども特有の無心さからそれを許した。
けれど、今の彼女には、傷ついたグリズリーを抱きしめるほうがまだましだった。




もう一匹の男は、いつも神楽に喧嘩をふっかけては、何故か彼女の反応を必要以上に要求する男だった。
それができないと男は、周囲の者に当たって嫌がらせをすることで自分の傷をなめている。
彼が不機嫌になると、その飄々と渇いた印象とは逆に、空気は暑苦しく、今まさに火の消えた灰のような色になり、砂漠の熱い砂が吹き荒れたようになる。
しかも、──男は神楽の兄そっくりだ。
その兄似の色素の薄い髪だけでも、神楽はいつも不愉快な気分になった。
決してなついた覚えはないが、男は執拗に近づいてきては自分の要求を通そうとする。
馬鹿なようで実はナイフのような鋭い知恵を持っている。
この男に対しては、神楽はなす術がない。
気にかけてやる時の男の傲慢な態度に、彼女は辟易とする。
怒るとわかったわかったと言って、そのあと自分のしたいようにする。手をあげると、神楽が思わず手を引くような恐ろしい笑顔で爽やかに笑うか、あるいは好戦の態度を示して、


「これは人類虐待だねィ」


などとクソ面白くもない差別用語を口走るかのどちらかだ。
そんな時、神楽はこの男を殺してやりたいと思う。
しかし、できるわけもないのだ。
信じられないことに──、男はもう一匹と同じく法を行使できるお偉い立場にあって、神楽の秘密と弱みに憤然と立つ、獣のように陰険なか弱い暴君だ。
機嫌のいい時は、彼女がのどを掴んで止めるまで、血を滴らせた刀を振り回して彼女の綺麗な皮膚を切りきざむ。


いつだったか、この男は空き地で神楽を見つけて、懐に何かを隠しもって近寄ってきた。
纏わりつく男の鬱陶しさに無言で耐えながら、いやいや道を歩く途中、アンタにだけ見せてやるよ、と言ってその辺の道端へ腰を下ろして、とりだしたのはいかがわしいエロ本だった。
赤い縄で縛られた女が表紙の、実にいい趣味丸出しの写真が、仔どもの神楽の眼にも卑猥に映った。


「アンタが、されてたことだぜィ」


ほんとにわかってんのかィ? 男はしつこいくらい神楽にあれ以来、罪の意識を植え付けようとするのだ。
神楽はそんなものには動じず言った。


「わたしにくれるアルか?」
「なわけねーだろ」


男は嗤って言った。そして顔をそむけて何か口ごもっている隙に、神楽はエロ本を掴んで定春に飛びのった。
あっ気にとられている男は、神楽が甘えるように定春にしがみつくのを──口をあけてポカンと見ていて、立ちあがるのが精一杯だった。


「バーカ、くされ警官! お前なんか死ねヨ!!」
「……マセ餓鬼がァ」


神楽は白い牙をむいた。
男は神楽を憎んでいるのだ。きっとそうに違いない。神楽はそう思っている。
ヘタレマヨラーの肝臓にいっそバクテリアでものさばることを願い、ミントンやハゲ、バンダナ、おでこのホクロ野郎などなど、自分の仲間内でさえ神楽と関わりのある全ての人物を、容疑対象にしてやりたいと思っているのか──男は神楽に仕掛けた罠と窃盗容疑、神楽にいけすかない破廉恥な嫌がらせをしておいて、それらから神楽の自由を吸い上げていく行為に向かって、呪いの藁人形でも撫でるみたいに、不気味で不可解な儀式にとりかかるのだ。
神楽はたまに夜寝ているときでも、妙な金縛りにあったりすることが増えた。
そういう時の自分の様子はどこか尋常じゃなくなり、きっとあの男のせいだと思うようになっている。
二人の持っている似通った、大きなガラス玉のようにも見える眼が、闇の中や、望みもしない怪現象の中で浮かびあい、威嚇しあい、ひどく薄気味が悪く、互いに見合って対峙するときの四つの眼は、奇妙なものを出してらんらんと光った。
時々、それもデタラメな南無阿弥陀仏を唱えるあいだ目を閉じると、もう一匹の男に掴まれた感触まで蘇ってくる。
そんな時は、ますます息苦しくなる。
ふだんの神楽は寝つきもよく、睡りも深いほうだった。──けれどふたりして彼女の睡りを邪魔されるとき、彼らの悪夢は、脳裏から消えることがない。
まるで、暗闇から神楽の家の窓越しに歯をむき出している、狼のようだ。



ある明るい朝など、───目覚めの良くない朝にむっつりとし、あの事件を二人の男がしつこく糾弾した……という夢にも暗澹たる気分だった朝だ───。
お気に入りの青いソファーに保護者の男とならんで坐って、朝食をとっているなかで、神楽は彼らの態度について告げ口をしてしまおうかと思ったことがある。
後になって 『アレ』 が、イケナイ事だったのだと正しく知った神楽は、この際すべて正直に打ち明けてしまおうかと考えた。
彼は、彼女の態度にきっと怒ることはないはずだ。…きっと。
あの悪夢のような二人とは決定的に何かが違う。
何より神楽はこの保護者に対して、彼らに感じる不快感を覚えたことが一度もない。
男は実に堂々たる神楽の保護者だった。
彼のあまりの優しさに、神楽は時々、これは嘘の誠実さではないかと疑うことだってあるほどだ。
自分よりひとまわりも年上のこの男は、いつかきっと、神楽よりずっと大切な女の人を見つけて一緒になったりするのかもしれない。邪魔する気はないが、男を失うことへの恐怖はある。
しかし、男のほうは神楽にその気がある限り、自分の家に彼女を住まわせることにすこぶる満足している様子だ。
最近になって彼女は、彼が特別頭のいい男だったりするのではないかと思いはじめていた。
あるいは、男のほうが神楽より馬鹿なのかもしれないと思ってみたりもする。
いつだったか、彼女の実の兄が、自分に馬鹿な妹、弱い妹は要らないと言ったことがあった。しかし、神楽はそれは嘘だと思っていた。
兄が要らないのは、神楽そのものだったのだ。その言葉は、その後、彼女の頭に幾度も甦ってきた。
結局神楽は、頭がいいとか悪いなどということは考えないことに決め、何でもよしと考えようといつもできるだけ努力した。
神楽はこの新しい保護者の男が、自分を本当に邪魔だと思っていないか疑っている。そうであることが恐ろしかった。
二人の男が彼の話を持ちだそうとするのを聞く時、神楽は悪夢を見る時と同じように震えがくる。
男はふわふわの銀髪が可愛くて、厚ぼったい大きな手をしていて、だらしなく、彼女よりはるかに賢い。
神楽が何かに手をやいたり不貞腐れたりするときも、彼はそれとなくフォローしてくれたり、呆れたように笑いながらも、がっしりした胸に彼女を引き寄せて、時にしっかりと抱きしめてくれる。
だらしがなくて、でも優しい神楽の慕い人。
けれどその優しさが──
時々男の強さには不釣り合いに感じられることがある。
男と一緒にいる時、あの不快な二人は、この人に何を言えるだけの強みがあるんだろうかと思うことがある。
あるいは、殺してやりたいと今でも思っているんだろうか。彼らのあの居心地の悪い不快さが、まわりを取り囲んでいるように思えることもあった。
しかし、神楽の慕い人は素晴らしい保護者だ。
彼女には、自分が本当に彼を愛しているのかどうかわからない。そうでないことが恐ろしかった。
曖昧なことは、本当はすべて恐ろしいことなのかもしれない…。だから考えるのをやめた。



時々、あの二人への不快感は、単に自分が彼らを今まで以上に疎ましく思う元凶となった、後ろめたさに対してではないかと思うことがある。
彼らが単なる不快な知り合いの中にいた時は、自分のオモチャだという事実を面白がり、そうでなくなってからは、知られた時のあの妙に後ろめたい気持ちを自分への───あるいは保護者への───罪悪感にすり替えてきたのではないか。
もともと罪の意識など希薄だったのに、秘密を握られたという意識を持ったことで生まれた、罪悪感だ。
意識から自然に出てきたものではなく、その罪からもぎ取るように出てきたのだ。
しかし今、彼らは他人よりも遠く、この小うるさい悪夢たちは、神楽よりも、彼女のそばにいる保護者のほうを試すような素振りをする。
それもフリなのか、そうでないのか。神楽が男の名前を出されて唯一反応してしまうのもいけないのかもしれない。


だいたい、神楽の眼に映る二人は、神楽の慕う保護者や仲間たちと一緒になる時と、そうでない時とでは、眼つきも言葉の調子も変えている男たちだった。 
彼らの態度は動物的な異臭と、時にいかがわしい規則や道徳の熱気を孕んでいる。
それらの話が神楽にはうんともすんとも効かなくても、その態度の熱気は二人が神楽に圧しつけてくるものと似ていて、それが神楽には重苦しく不快でしかない。
義務的なことと、暑苦しい愛情の話の不快もそれと同じようなものだと神楽は思っている。
そういった匂いを体に染みつけ、それを相手に押しつけようとする者は、それを相手が厭がるほど気分がいい。
人は、傷つける相手が気分を害することを好むものだ。その方が面倒がないからだ。
そういう隠れたものを、神楽はなんとなく会得していた。


今ではそんな彼らの中に、抑圧されたものから生じている陰鬱がはっきりと住みこんでいるのも、神楽はその目でちゃんと見てとっていた。
神楽の前では、異臭を投げ出し放題に立ちはだかっている二人の男は、彼女の視界の手前で遮断されて、突き戻される。神楽はそいういうものを無意識に嘔吐して、その後は忘れている。
神楽が手ひどく撥ねかえすものの中には、そういったものの匂いもあった。
神楽はそれらの憎たらしい、愛嬌のない、押し付けがましい厭な臭いを憎んだ。
それを口にする時の彼らを、憎んだ。
それらの、臭いをさせながら迫ってくる男の内側に、偽善と、そこから生じる小さな悪意、という最も相手を不快にする悪徳が隠し持たれているのを、憎んだ。
二人の男の眼はよく生々しい不気味さの中で、冷たい光を出して神楽を観る。
その眼は小さな神楽を憎みさげすんでいるように見えたが、その冷たい眼の底には───神楽にもそれが何かハッキリとはわからないが───醜い嫉妬のようなものがあった。
不快な無恥が覗いていて、それは悪い蛇のようにとぐろを巻いている。
二人の男たちは、その卑しい根底を見透かすような眼で見つめる神楽の、そのまま彼らから離れようとしない悪意のこもったアメシストを見返した。そこで神楽を露骨に見た男たちの眼は、醜い正体を現すのだ。
神楽との間にそういう秘密のまなざしの取引を交わした後では、彼らは彼女との会話の間に、隠語や符牒を使って、神楽の保護者の蔭口を言ったり、神楽の秘密らしいものに触れたことを口にする。──そうしてチラと、神楽を見遣り、意味深な哂いをするのだ。
当初、神楽を見つめる際にみせた片一方の男の躊躇いなど、そこにはすでに微塵も無かった。


ある意味、神楽はよくその大きな目をじっと開いて人を見ているが、その目は神楽の体の中にある、ひとつの枷が原因だといえた。
その決して他人に理解を求めようとはしない大きな枷を、引き摺る小さな咎を、彼女自身無意識に、どこか必死で蔵そうとしているのだ。
神楽が生まれ持つ避けがたい本能、本質────獣じみた習性。
彼女はそれを決して恥じているわけではない。
まして拒絶しているわけでもない。
ただ、その一点につき他人の理解を求めることがないだけで、一線を引くこともけっして忘れやしないから、また決して人の憐れみを求めたりもしない。
けれど、あえて覆い隠そうとするからこそ、隠匿されたもの特有の“色”が滲み出てしまう。
神楽の目はその隠匿を、自身に背く悪徳 (=悪意) のようなもとして映し出してしまう鏡のようなものだった。
それ故、そこに映しこんだものの、自分にとっては受けつけない数々の厭なものを、無意識のうちに嘔吐してしまっている。あるいは神楽が持って生まれた獣の本質、そして一種奇妙なそれら感情地帯のせいでもあったかもしれない…。
けれど、ガラス玉のように美しい悪意のこもったアメシストが、天衣無縫な神楽の可哀らしさをもっとも顕しているともいえる。
その今もっとも美しい悪意で、彼ら二人を蔑んで、神楽は漠然とした不幸の種を育てているのだ。


ただ、彼らと、保護者の男や仲間たちの間には、切っても切れない関係が出来上がっているだけに、神楽が下手に出れないでいることはわかりきったことだった。
彼らは神楽の想像をはるかに超える量の権力と規則を持っている。それで自分の世界を作り上げており、本当に正しい結末に辿り着くには迷路のような中を通っていかなければならない。
男たちの心の奥には、監房のように飾りも味気もない、神楽には想像もできない冷たい部屋がある。
神楽は二人が口にしたことのある義務や、いかがわしい道徳の匂いなどを顧慮してみる。
しかし、むき出しの何をも埋めることはできない。
始終監視されてるような不気味さが確かにあって、二人のうちどちらかと街中で遭遇してみても、彼らが神楽を心配の種にしているなどとはまったく考えられない。


神楽は改めて、悪意の階段を一段、また一段とのぼり始めるのだ。


激情と、あの嗤い。湿って、ゴミでいっぱいの野獣の巣のような悪臭を避けながら、二人に見つかることなく、けれど打つ手もなく、彷徨ったあげくに踏みつけるのだ。
臭い跡をたどれば、いつでも見つけだすことはできる。
それは、いつしか誘惑にかられるものの、信じ難いものだ。
神楽の胸は消えることのない不快感で苦しみを覚え、車に轢かれた仔犬のような声を出すこともある。
けれど彼女は、自分のオモチャで生涯遊ばずにはいられない性質でもある。


いっそ、ひと思いに。


砂漠の熱風のように、熱く乾いた憂鬱が心には巣食っていた。
そう、いつまでも、神楽の心には巣食いつづけるに違いないのだ。




いっそ、ひと思いに。




神楽は何度も、知らず知らずそう繰り返していく。







いっそ、ひと思いに。







何度も、何度も。
知らず知らずに。





今日も繰りかえすのだ。



































さて、逃げ遅れたのは誰でしょう?















fin
陰獣と少女






えーと……アレですよ? 神楽ちゃんはちゃんと処女ですよ?
イタズラされたといっても、相手が勝手に跪いて果てただけだからね (そこかよ)。
ネタかぶってるところもありますが、寵姫シリーズとは別物です。


Nine Inch Nails/Closer



09/03 00:03
[銀魂]




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-エムブロ-