案の定、あっけらかんと帰ってきた神楽は、「腹減ったネ!ペコペコアル!」と有無を言わさず夕食を強請り、慌しく準備する新八をよそに新聞を読みながら、「遅かったな」と一言不機嫌にならない程度に注意すれば、「ミントンと公園でミントンして遊んでたアル」なんて、それこそ反省の色皆無で告白され、後はガツガツご飯をかきこむその様子に、余計な話をする時間は与えてもらえなかった。
そうして、ようやく一息ついて、神楽の様子を窺う余裕ができたのは、夕食が終わってから三十分、八時からはじまっていた新八も好きな歌番組のエンディングが流れ、彼が入れた薄い緑茶に口をつけたときだ。
神楽がドラマを見始めるまで、あと五分。今日は一時間後にまた長谷川さんと待ち合わせの予定がある。


「どうしたアルカ?」


視線に気付いたのか、新聞のテレビ欄をチェックしていた神楽がこっちを向く。
ちなみに新八は後片付けで台所にいる。


「いや……お前にさ……聞きたいことがあるっつーか…何つーか………んん゛っ」


どうにも喉が渇いて闊舌が悪い。もう一度お茶で潤した。


「何アルカ?」
「あー…………うん……あー…」
「はっきり言えヨ、天パ」
「いや…うん。つーかお前……恋人………いたりすん…の? いやいや別にさ、それがどうというわけでもないんだけど、いないってわかってるし―、…ウン。つか……なんか、そういう噂があるらしいんだわ…馬鹿げてるよなー。いやまったく!」


表情を崩さずにばっさり何言ってんだコイツと切り落としてくれればいいと思っていたが、そうはならなかった。
神楽は少し目を見開き動作が固まった。それから目を逸らし、苦笑する。


「新八アルカ?」
「…………へ?」
「チクったの新八?」
「………」


台所から聞こえてくる食器を洗う音がいやに耳に響く。


「でも、そんな噂はないと思うネ…。だって、私が新八とそういう話をしただけアルし…」


死刑宣告。大げさだとは思ったが、思い浮かんだ言葉はそれだった。
どこが噂だよ!直接聞いたならそう言えやっ! と心の中で新八との会話を反芻したら、ヤツは一言も噂だなどと言っていない事に気がついた。


『今日買い物の途中で、神楽ちゃんも時々デートしてるみたいな話聞いたんですよ』


……他人から、とは言っていない。


『目撃者だっていっぱいいますよ』


……自分が目撃者じゃないとも、一言も言っていない。


本人からだったのか……ツッコミだけが能力だと思っていたが、奴もバカではない。少々はめられた気分だった。


「えーっと……ってことは、だ。……いんのか……好きな、奴が…?」
「別に、ものすごく好きだったわけじゃないアル。この前の奴とは、二回ほど付き合っただけヨ…」
「………」
「はじめは気が合うかなぁって思ったネ。でも…やっぱ錯覚だったみたいアル…。もう二度と付き合う気はないし…」
「………」


要するに、俺がしていることと同じことをしたってわけ? コイツが…?
数秒止まっていた呼吸の再開とともに、唾液さえ枯れたようになった口内から、ごくっと喉仏が何度も歪に動く音がした。
カラカラに渇いた喉奥も引き攣ったように痛んだ。心臓、肺、胃、などの内蔵も、握り絞られるような傷みを放っていた。
このまま死ねたら、自分はきっと間違いなく自縛霊一直線に違いない。この世に未練たらたら。でも誰かを呪い殺すことができるならそれは本望。そう薄笑いすら浮かべて……


一点の曇りなく信じていた世界の崩壊というものは、こうも人を死にたい気分にさせるものなんだろうか。
疑う余地を残さず、逃げ道すら作らなかった。そんな自分のなかにあった悪魔のような純粋さに、どうしようもなく死臭を感じる。
本当は怒鳴りたいのに。怒鳴り倒して二度とそんなことしないと誓わせたいのに…。でも何か言葉にしようとするにも闊舌の悪さは目に見えている。これから飲んで女と遊んで出来れば愛の無いセックス(性処理)さえする身で、神楽を責められない自分がいる。だが、責めたい!
責め倒したいッ!!
押し倒したいッッ!!
泣き叫んで許しを請うまで詰り続けたい――――ッ!!!


「――――相手は……んん゛っ…、ん…」


渦巻く激情、葛藤とは裏腹に、出した声は妙に落着いていた。
むしろ荒熱を纏う語尾の掠れで必死に自分を抑えているのがわかって嗤えた。


「……ダレだ? 俺が、知っている奴か?」


本当はもっと他に言うべきことはあるのだろう。
が、説教すべきか、軽く忠告すべきか、…それすらわからなかった。何を言えばいいのかわからなかった。思考はいっこうにまとまらなかった。何よりループする疑問を片づけることが精一杯だった。


「なんで銀ちゃんにそんなこと言わなきゃならないネ」
「……できれば、知っときてーんだけど」


保護者として。かろうじてそう付け足せば、神楽はしばらく間を置いて思案した後、目を合わせてきた。


「………真選組の…」
「まさかマヨラーか?」
「クソ餓鬼のほうヨ。 銀ちゃんも知ってんダロ?」
「………あぁ。よく知ってるな」


もちろん、知らないフリなどしたくてもできない。神楽に懲りずにちょっかい出してくるあの野郎。本気で忌々しいと何度も拳が出そうになった男。まさかこれほどまでに安易で近場な相手だったとは…。自分でも眉間に皺がよっているのが分かる。
だが、俺を見た神楽の、「そろそろ準備しなくていいアルカ。約束に遅れるゾ?」という発言に、次のセリフは封じられていた。
どこまでバレているのか。どこからどこまで覚っているのか。神楽にだけはあまり知ってほしくなかった大人の事情。なのに、教えても聞かれてもいないのに、ほぼ百パーセント把握しているらしい…。


「銀ちゃん、マジで遅れるヨ?  待ち合わせには三十分前に行ってやるんじゃなかったネ? 相手に恥かかすなんて最低ーアルゼ」


暢気に緑茶をズズッとすすっていた神楽だが、俺が動かないのを不思議に思ったのか顔を上げ、


「たまには早く帰って来いヨ?」


そう言ったが最後、始まったドラマの冒頭に夢中になってしまった。
そうして、いまだに顔を出せずにいる新八を通りすぎざま睨んで外に出た俺は、苛立ちを押さえられず電柱を一発殴った。


…………手が痛い。






02/08 14:43
[銀魂]




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