シュレーディンガーの子猫 -3-







次の日も、その次の日も、立て続けに入ったアダルト向け徹夜仕事で、四十八時間ほぼフル稼働で神楽とのんびり過ごす時間はなく、その次の日は、ようやく暇になったかと思いきや、例のあの野郎の上司がぬけぬけと万事屋にまでやって来た。これまたムカつく面をめいいっぱい晒してくれながら、反幕府を掲げて立てこもり事件を起こしたテロ組織の──先日たまたま巻き込まれた(けっして手を貸したわけじゃない)──事件解決後の処理が何ちゃらかんちゃらと……実に厭味っぽく愚痴を聞かされ、最後の最後でようやく神楽を連れて(これが目的だったのか?)、「報酬だ」とか何とか豪華ディナーをおごってくれたはいいが、結局あれから三日以上神楽とは腹を割って話をしなかった。


そして四日目の今日、この日はようやく仕事から開放されて、新八も久しぶりに実家へ帰り、先日のアダルト仕事の報酬を懐に、俺も早く家路に着くことができた。
連続して四日間、仕事にありつけるなど万事屋はじまって以来の盛況ぶりに、夕食は久しぶりに出前でも取って神楽とゆっくり話をしなければ、と、思っていた。…が、神楽はここ連日の疲れがたまったせいか、しおらしくも夕食もとらずに眠ってしまった…。
仕方がないから一人外に出て、夕食を取ろうと街を歩いていると、目の前に茶髪がちらついた。
例のサド野郎だった。
隣にはアッシュ系ピンクブロンドの髪の女を連れている。非番だったのか私服の男は、まだ夕方をすぎたばかりの時刻であるにもかかわらず、しこたま酔って女に支えられるようにして歩いていた。歌舞伎町の派手なネオンが、女の薄い髪の色を赤や緑、黄色など、歩くたびに様々な色で飾っていく。色白でほっそりとした可愛い系の美人だが、……確かあれは五丁目のバーのホステスだと記憶していた。だが、男はさも当然だとばかりに女の肩を抱いている。女のほうは物怖じしない性格なのか、いささか文句を言いつつ、表情には時々笑みが見え隠れする。


吐き気がした。


もちろん、神楽が二度と付き合わないと言っていた以上、お互い納得した上でのデートだったんだろう。理屈では、分かっている。
それでも、神楽が、たとえ酔っていたとはいえ、似たような商売女と代替できるほど軽々しい存在として扱われた事に、吐き気がするほど嫌悪した。
年甲斐もなく後ろから飛び蹴りを食らわせたかったが、目の前の男の姿が突然自分と重なり足が止まった。『お
子さまをほったらかして、デートですかィ?』という、以前女と歩いている時バッタリ会ったあの男に言われたセリフが頭をまわっている。
吐き気が止まらない。強烈なメス豚臭漂う女を抱きすぎた時の症状と同じだ。もはや馴れ親しんでいるが…。
仕方なく、真っ直ぐ万事屋へ帰り、布団の中に潜り込んだ。




目覚めると正午も一時過ぎ、一瞬 居間に神楽がいなくて焦ったが、良く考えれば定春の散歩かと安心してのろのろと起き上がった。

まだ…吐き気はおさまっていない。
やっぱり一晩寝た程度では収まらなかったか、と諦めにも似た緩やかな失望が体中を支配していく。
絶望的な思いすらした。だが、今の複雑な感情が悦びのともなった絶望であるということも自覚している。
この手の吐き気の特効薬も知っている。
他の誰でもない、可能なかぎり淫蕩な妄想で神楽を乱れさせ、ヌキまくること。神楽に溺れ浸ることだ。
息のつまるようなムッチリとした雪肌、しなやかな桃色の筋肉、壊れそうに細い骨格、マシュマロのように柔らかな胸や頬、プニプニした指と爪、紋白蝶のように可愛い小さな足、桜の花びらを溶かしたような薄色の髪、今にも清水が溢れそうな蒼い瞳。それしか見えなくなるくらいに…。
ただ、今から馬鹿みたいな自慰にふけったとして、夢中になりすぎて、帰ってきた神楽に感づかれることだけは避けたい。


(こんなことなら、我慢せず昨日の夜、思いっきりヌイておけばよかった……)


水を飲んで顔を洗った後、鏡の前で青白い自分の顔を睨みつけた。このままもう一度布団にもぐりこんでしまおうかと迷っているうちに、吐き気の波がきたため口を押さえて咽た。
重い頭を押さえてうがいをした後、仕方なくひげを剃るための剃刀を手に取った。






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02/09 18:41
[銀魂]




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