「セート!恋人ごっこしよ!」
部屋でうたた寝していたら、勢いよく扉が開かれドアが壁に叩きつけられる音とカノのやたら元気な声に起こされた。
「ふぁ?!」
驚いて何事かと飛び起きると、カノが笑顔で立っていた。笑顔を崩さないまま、返事は?と聞かれるが、なんのことか分からなかった。ようやく働いてきた頭で、そういえば入って来るとき何かを叫んでいたなと思い出す。
「えっと…ちょっと聞き逃したんでもう一度いいっすか?」
ベットに胡座をかき、いまだ入り口に立っているカノを見上げて尋ねる。依然カノは笑顔のままだ。まぁ、カノはいつも笑っているけれど。なんだか嫌な予感がする。
「恋人ごっこしよ?」
嫌な予感は的中した。何を言い出すかと思えば、変な遊びを思い付いたらしい。呆れて言葉も出ないが、一応訳を聞いておこう。
「…急にどうしたんすか?」
ため息交じりに言えば、カノがベットへ近付いてきてセトの正面に座った。
「駄目?」
「駄目とかその前に意味がわからないっす。というか何で俺…」
恋人ごっこというのだから、女の子に頼めば良いものを…ごっこ遊びだから男でもかまわなかったのかな?
「んー、セトなら大丈夫かなぁって思って」
カノの答えに引っ掛かりを覚えた。大丈夫とは信頼しているということか、それとも遊び相手になって貰えるということか、それとも…。
「俺の前に誰かにいったんすか?…まさかキド…」
カノが絡むといったらまずキドだろう。
「そのまさかでっす☆すごい痛かった…」
いっそうカノの笑顔が輝いたと思うと、次には頬を赤く腫らし目には痛みで涙がうっすら浮かべ、それでも僅かに微笑んでいるカノの姿があった。
「う、わぁぁぁ!冷やすもの冷やすもの!」
そんなカノの姿を見て、俺は慌てて部屋を飛び出した。
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冷蔵庫から氷を出して袋につめ、戻り際にタオルも掴んで部屋に戻ってから、それをカノの頬に当ててあげると、ありがとうと言いながら俺の手ごと包み込んだ。…俺の手は放して貰えるとありがたいのだけれど。
「ただ遊ぼうって言ってるだけなのに本気で殴るんだもん、酷いよね!」
同意を求められても、これはカノが悪い。確かにやり過ぎな気はするけれど。
「キドにその手の話はダメっすよ…苦手分野っすからね」
「まぁ、余り期待はしてなかったけど」
俺は、少しは乗ってくれると思っていた事に驚きが隠せないっすよ。
「で、何で恋人ごっこなんて言い出したんすか?」
最初に話を戻そうと聞いてみる。捕らわれた手はもう諦めた。
「こうやって優しくされたり、何にも無くても一緒にすごしたり、一緒に美味しいもの食べて、楽しいことしたいなぁって思ってさ」
とにかくそういうことがしたいんだよ、そういってカノはフフフと笑った。
「そんなの、恋人じゃなくても良いじゃないっすか」
だって聞いている限り、いつもの自分達と何ら変わらない気がする。
「えー、だってさなんか恋人って響きがいいじゃん」
響きがいいって分からないでもないけれど、この歳でそれをごっこ遊びでするのは抵抗がある。しかも男同士だし。
「うーん…」
「僕的にはセトと遊びたかったけど、ダメならマリーにで「わかったっす」
「え?いいの?」
「うん」
最近はバイトなどで一緒にいることも少なかったし、良い機会かもしれない。俺が了承すれば、他に被害が及ばないし。
「そっか、ありがとう」
カノは驚いて目を見開いたあと、やわらかく微笑んだ。
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これはどういう状況だろうか。
仮にだが恋人になったので、何をしたいのか尋ねれば、考えてないと返ってきた。
そして今は胡座をかいている俺の腿に頭を乗せて、カノは雑誌をパラパラと捲っている。
手持ちぶさたな俺は枕元に置いていた小説を手にとってみたが、内容が頭に入ってきそうになかったので本を閉じた。
することのなくなった俺は膝の上のカノをみつめる。視線に気づいていないのか、気づいて無視をしているのか雑誌から目を離すことはしない。
膝枕というこの状況も恋人ごっこの中に入っているのだろうか?
カノの物言いからすると、こういう些細なことでもその範疇に入っていそうだ。
なんとなくカノの頭に手を伸ばして撫でてみる。ふわふわとした髪の感触が伝わってくる。
「セト?」
突然の事に驚いたカノは雑誌から目を離して俺を見ている。俺は慌てて手を離した。
「あ、ごめん」
ぽかんと目を丸くしていたカノだったが、謝った俺を見て離された手を引き寄せて、またカノの頭に戻した。
「なんで謝るの?」
今度は俺が目を丸くした。手を戻されたということは、続けろということだろう。恐る恐る手を動かすとカノから笑い声が漏れた。
「ありがと」
見上げるカノの目は細められてはにかんでいる。
カノがこんなにやわらかく笑う所を初めて見た。俺はなんとなく照れ臭くなって、カノをまともに見ていられなくなった。
「フフッ、セト顔真っ赤だね。こういうのがしたかったんだよね」
「そうっすか、よかったっすね」
カノを撫でている手と反対の手で顔を覆ってみるが腕の幅が足りないのと、珍しくやわらかな笑顔で笑うカノから目を離したくなくて隠しきれなかった。
「うん」
恋人ごっこなんて訳が分からないと思っていたが、こういう甘い雰囲気も悪くないかなと思った。
ピクシブにもあげようかな