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はちみつ 4

『い、今からお茶でもどう?……なんて。』

近くの喫茶店に入ってとりあえず飲み物を頼んだあと、つい数分前に言われた言葉を思い出す。あの時はいきなりすぎて、(え?ナンパ?)なんて思ってしまったけど、僕だって立派な男子校生だ、まさかそんなわけない。…その前に断れなかった僕も僕だけど。
そもそもどこをどうしたらこんな展開になるんだろうか。僕はいつも通りに帰っていただけだ。ただ唯一いつもと違ったことと言えば、初めて会った時以来に彼と目が合ってしまったことくらい。そこからは全てがいつもと違ったのだが、目が合っただけでなんなのだろうか。睨んだりしたつもりはなかったけど、まさか怒られたりとか……、
「ええ、と。私、鉢屋三郎って言います。」
……、は無さそうだ。てゆうかなんでこの人こんなに腰低いの。絶対僕より年上なのに。
「僕は浦風藤内です。」
名乗られたから名乗り返したけど、なにこのやりとり。不自然すぎる。この人が女の子だったらよかったのに、といつかにも願ったことを思い出した。
「いきなり連れ込んじゃったけど、ごめんね…?」
「いえ、大丈夫です。」
目の前にいる"鉢屋さん"は、喫茶店に入ってからずっとそわそわと落ち着きなさそうにはちみつレモンティーを握っている。飲み物あるなら頼まなくていいだろうに、僕がホットコーヒーを頼んだときに、「私も!」と頼んでいた。もう何がなんだか。
その上困ったことに、自己紹介を終えてから一向に口を開いてくれない。何か話さないと場が保たない、と思ったけど、なんで僕が気を使わないといけないんだと考えたら疲れてしまった。
「あの、お知り合いでしたっけ…?僕覚えてないんですけど…」
とにかく、だ。道端で立ち止まってまで話しかけられたんだから、きっと僕のことを知っているんだろうと思う。僕はあいにく名前を聞いても思い出せないけど。
「……これから、知り合ってこうって感じでいいかな?」

…もう、何がなんだか。



(20091021 みつば)
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はちみつ 3

近くのコンビニで温かいはちみつレモンティーを買って横断歩道の脇に立つ。数日前、友人達に宣言した通り毎日私は“あの子”を探していた。因みに未だ見つかっていないのは、私が少し近眼と乱視なせいだろう…という事にしておく、“運命”なのだからきっとすぐに見つかるはずなんだ、この夕方の人混みの中でもたった一人のあの子を私は見つけられるはずなんだ。そう心の中で意気込んで横断歩道挟んで向かいの歩道に目をこらした。
「あ、」
思わず零れた声は正直致し方ない事だと思う。この間のように横断歩道と車を挟んだ向こうに“あの子”が、居た。私が人混みの中からようやく見つけた瞬間、あの子のまん丸な黒目が私を射抜くように見つめて来てああやはりこれは運命なのだと再確認した。寒かったはずなのにいつの間にか体の中から温かいものが溢れ出す。
信号機が赤から青に変わるまで、どれくらい見つめ合っていたかは分からない。一秒にも満たないかも知れないそれの間に、いつの間にか視線は外されてゆっくりと私の居る歩道まで“あの子”は歩いて来た。私は動かずに、だんだんと近付いてくる“運命”を瞬きもせずに見つめた。
二メートル、一メートル、寒さでか少しだけ身を縮こまらせてこちらに向かって歩くその子が私の隣りをすれ違っていくその瞬間、ようやく私は高鳴る胸を抑え声を振り絞った。
「あ、の!」
「……はい?」
緊張のあまり変な声を出してしまった私に数瞬の間を置いてその子は返事をした。高くもなく低くも無い声をしたその子は、この間もしていた赤チェックのマフラーを首に巻き、私と雷蔵が住んでいるアパートの近くにある中学校の男子制服を着ていた。…………間違いなく、男子制服だった。
いやいやいや、いや、まぁ確かに同性ってのは不利だけど、でも私はそんなのは関係無くて、まぁちょっと切ないけど…、いやそうじゃないそうじゃない。
目の前で訝しがるように眉を寄せている彼に、何か言わなきゃと焦って適当に言葉を紡いだ。
「い、今からお茶でもどう?……なんて。」
ナンパかよ。




(20091020 杉野八)
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はちみつ 2

相談事を持ち込むところは、いつも決まって孫兵のところだった。
作に相談すると何かしら妄想が始まって面倒事が増えるし、左門は決断力しかないから根拠も何もない突飛な解決方法を提示してくるし、三之助は聞き下手だから話しててこいつ聞いてないなとか思うとストレス溜まるし、数馬は話に背びれ尾ひれが付きすぎてややこしくなるしで、僕の仲間内でいざ頼れる人といったら孫兵しかいなかった。

今も、最近気になっていることを授業後に勉強をしながら聞いてもらっている。
「気になるって、どういう気になる?」
「どういうって…、」
「好奇心か、目障りか」
「……好奇心の方」
「ふーん」
気になっていることとは、専ら帰宅中に必ず出会うあの人のこと。あの人、というのが女の子だったら淡い恋にでも発展しそうなものなのだけど、残念ながらあの人は男の人で、年上っぽくて、背が高くて、髪が茶色で、肩がぶつかったら「ああん?」とかいちゃもんつけてきそうな人だった。
「なんで気になるの」
「毎日、必ず会うんだよ、帰ってると。同じ場所で」
初めて目に留まったのは、数日前。横断歩道を挟んでうっかり目があってしまった時だった。絡まれる!と思って、とっさに目を逸らして何事もなくすれ違ったあの日から、毎日毎日あの人を見かけるようになった。
「数日前……、」
「うん、そう」
「それから毎日?」
「そうだよ。毎日同じ時間に帰ってるわけじゃないんだけどねー、なんか縁でもあるのかな」
「……………藤内それは、」
時間が解決するんじゃないかな、と、孫兵にしては珍しく言葉を濁して、早く帰ろうと促した。

「帰ろー孫」
「うん、ほら早く行くよ」
「…?なんか忙しないね、今日用事でもあるの?」
「……別に」



(ただ、僕の考えが正しかったら、この寒空の下で"あの人"は待ち続けてるんだろうと思って)





(20091019 みつば)
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はちみつ 1


一目惚れをした。付け足すならば運命的な一目惚れだった。
赤信号の間、横断歩道と横切る車越しに合わさった視線。それはたった一瞬の事だったが永遠に続くような錯覚を起こすほど三郎にとって衝撃的な事だった。
赤色でチェックのマフラーに顔をうずめてベージュのコートを着た背の低いその子は一見では男か女かすら分からなかったが、三郎にとってそんな事は些細なもので大事なのは三郎がその子を好きになったという事実だけ。その存在の全てで三郎を誘っているかのように、その子を見た瞬間とろりとした甘いはちみつのようなものが三郎の心の中に生まれ、気付いた時には惹かれていたのだ。横断歩道越しでも三郎には分かった。
――これは運命だ。


「って事で私今日からそこでその子探すから、一人で帰る。」
いつも通り一緒に帰ろうぜ!と三郎に声をかければ、三郎はでれでれと笑いながら長々と一方的にそんな話しをして来て、最終的に俺の誘いを断った。俺の口から思わず漏れた「はぁ?」という声に三郎の隣りにいた雷蔵が苦笑を返した辺り、雷蔵はもうすでに聞かされていたのだろう。俺の隣にいる兵助はもうすでに関心が無くなったのか手に持った文庫本に目を落としていた。
一体これはどうするべきなのか、付き合いの長い友人がよく知らない奴を追っかけてその横断歩道で待ち伏せをすると言う。“それってストーカーって言うんじゃ”…思わず浮かぶ考えを打ち払うためにぶん、と横に頭を振れば三郎は「お前なにやってんだよ。」と呆れるように言った。
三郎、お前こそ何やってんだよ。
突っ込みたい気持ちを抑え、とりあえずいつの間にか出来た眉間の間の皺を伸ばしながら、俺の友人としてのせめてもの優しさと、友人としてしてほしく無い事を凝縮した一言だけを口にした。

「とりあえず、ストーカーにはなるなよな。」





(20091018 杉野八)
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