マスター臨也のマンションを抜け出して朝帰り。
まだ眠っているであろう主の睡眠を妨げないように気をつけながら部屋に足を踏み入れると、ソファに静雄が寝ていた。
なんで静雄が1人でソファで寝てんだ?もしかするとマスターは昨日帰ってきていなくて待っていた静雄はそのまま寝てしまったのかもしれない。それにしても……
『何で部屋の中でマフラーしたまま寝てんだ?こいつ』
ソファで懇々と眠り続ける静雄は、白いマフラーを首に巻きおまけに見慣れぬ眼鏡まで掛けている。静雄といえばサングラスのイメージだったが変えたのか。
どのくらいの度数か見てやろうと眼鏡に手を伸ばした瞬間、今まで眠っていたと思えぬ程パチリと静雄は目を開いた。前触れも何もなかった為思わずビクリと肩を揺らす。過剰な程反応したってのに当の本人は笑う所か俺の顔を見たまま動かない。寝ぼけてんのか?
『おい、しず『あの…貴方が俺のオリジナル…ですか…?』
『…………は?』
『デリックさん、こっちの掃除は終わりましたよ』
『あぁ、サンキュ。次はそっちを頼む』
『はいっ!』
嬉しそうにマフラーをなびかせながら駆けていくそいつの名前は月島静雄。
あの日、静雄だと思っていたものはマスターが新しく作り出した静雄モデルのアンドロイドだった。あの瞬間が初めての起動で、一番初めに俺を見たからかまるで雛が親だと認識したかのように月島は俺によく懐いている。同じような行動言動を日々也の野郎にも散々されているが、日々也のように不快に思わないのは同じ静雄モデルだからか、月島の性格が日々也より控え目だからなのか。
理由は分からないが月島が傍にいるのは不思議と落ち着いた。
『……デリック』
次はマスターの机でも拭くかと布巾を手に取り移動しようとした背中に低い声が突き刺さる。マスターによく似ているが少し機械的な声。
振り返ればやはりそこにいたのは日々也で。あからさまな不機嫌オーラを撒き散らしている理由は十中八九月島の所為だろう。月島が現れてからというもの常に月島が俺の傍にいるからか日々也は俺に近づけないでいた。
『何か用があるなら後にしろよ、清掃中だ』
『っ、…今、話がしたいんです!最近月島とばかり一緒で全く傍にいられない、話せないし触れられない。デリック不足でどうにかなりそうなんです!』
『ちょっ、おいバカ王子!』
一方的にまくしたて抱きついてくる日々也にぎょっとして体を押すが、俺より幾分も強く作られた日々也の体はびくともしない。抵抗しても腕の力は強まるばかりだからどうしたものかとマントをぐいぐい引っ張っていれば突然背後から物凄い力で引き寄せられた。
不意打ちだったからか日々也の腕はあっさり離れ、腕の主を見れば先程まで向こうを掃除していた月島がいた。
『月島…どういうつもりですか』
『デリックに…触らないでください…』
『それは此方の台詞ですよ。デリックは私のモノです』
『おい、俺は誰のモノでもねぇ』
俺を挟んで火花を飛ばしあっている2人に余計に事態がややこしくなったと額に手を当てる。日々也だけならまだしも月島まで一体何だってんだ。
『俺もデリックがすき、…なんです。だから日々也は手を出さないでください…!』
『は?!』
ちょっと待て。何でそうなる。
日々也は元々相手がいなかった俺の為にマスターが作った存在だ(別に決まった相手が欲しかったわけじゃねぇから不本意だが今は置いておく)。月島は全く関係ない。なのに。
これじゃまるきり人間…
「あぁ、やっぱりややこしいことになってるね」
険悪な雰囲気を断ち切るように響いた声に視線をやれば、いつの間に帰ってきたのかマスターが買い物袋を下げて俺達の方へ歩いてきていた。
『マスター、説明しろ。月島のこれはバグか何かか?』
まだ睨みあったままの2人はそのままに助けを求めるようにマスターへ話し掛ければ、何が可笑しいのか口元に笑みを浮かばせていた。
「いや、バグじゃないよ。月島はデリックを一番初めに見たことで、デリックを主人だと認識してしまった。制作者が俺だというのは分かっているけど月島にとっての絶対的な存在はデリックなんだよね」
『な?!…データの書き換えしろ。同じアンドロイド同士で主従関係になんてなりたくねぇ』
「残念ながら出来ないんだよね。永久的なものになるようプログラムしているからさ。そもそも、デリックがあの日抜け出したりしなければこんな事態にならなかったんだから諦めなよ」
こう言われれば反論は出来なかった。
相変わらず楽しげなマスターから視線を逸らし奥歯をギリリと噛み締めながら、まだ睨み合い牽制し合う2人にこの先のことを思ってあるはずのない頭痛を感じ始めた…。
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月デリブームがきてますきてます。