12/06 23:52 オルレアンの乙女(信長と市)



「於市さまはお美しく聡明でまるで日の本のマリアさまの様です」


 庭で植物を愛でる於市を眺め伴天連の一人が信長に言った。マリア、それは彼らが崇める宗教の祖を産んだ母。彼らは聖母と呼んでいた。信長も庭に居る於市の姿に視線を移した。
確かに聡明だ。それに織田の家系通り美しい、娘として咲き誇る於市の肌は最初から白粉をはたいたかの様に白く木目細かい。ふっくらと瑞瑞しい丹花の唇は赤く魅力的だ。誰もがその美貌にうっとりとし、家臣でさえ心を奪われた者は多い。同腹の兄の口から言うのは何故だか親馬鹿の見本の様であるが妹は美麗極まり聡明である。


「あれが男児に産まれておれば」
「男児でも好かれたでしょう」


 嗤って伴天連が答える。


「好かれただろうが良い武将になったであろう」
「武将、ですか?まるでジャンヌ・ダルクですね」


 また異国の言葉を放つ。「じゃんぬだるく、とは?」と信長が説明を求めると彼はとある国兵です、と簡潔に言い説明を続けた。


「女の身でありながら祖国の為に戦った英雄の名前です。ジャンヌ・ダルクはオルレアンの乙女と呼ばれ、国民的英雄。そして聖人なのです。百年戦争の際に祖国解放に貢献し、祖国を勝利に導いたのです」
「その女が市に似ておるか?」
「見た目は勿論似ていないでしょう。けれど人心を掌握する美しさは外面だけでは作れない。内面にある聡明さ、それが似ていると思ったのです」


 ふ、と嗤い信長は再び伴天連から視線を庭へ移した。内面の美しさは簡単に作れるものではない。美しいから女に生まれてよかったのか、聡明であるから男に生まれた方がよかったのかそう思えば成る程、そのジャンヌとかいう女と妹は似ているかも知れぬと信長は納得したかの様に頷いて見せた。


「その女は如何なった?英雄なれば王にでもなったか?」


 少しの間を伴天連の男は作りゆっくりと言った。


「…、いいえ、ここから先は於市さまに似てはおりません」
「話せ」


 少し迷った様であったが信長の言葉に「人心の心は移ろいやすく熱しやすいものですので」と付け加えてジャンヌ・ダルクの後世の話を始める。


「その後に起こった戦いで彼女は敵軍の捕虜となり、宗教裁判で異端者と断罪され、処刑されたのです」
「打ち首か」
「いいえ。火刑です、火あぶりにされたのですよ」


 異国とは不思議だ。日の本で処刑といえば打ち首獄門が普通である。打ち首用の機材があるという話も別の伴天連から聞いていた。だから異国の処刑が皆火刑というわけではないのだろう。ならば、


「何故」


 火あぶりにする意味は何処にある。殲滅するためか。殺すだけではならぬのか。


「彼女は魔女、異端者でしたので」


 彼の瞳の色は酷く冷たい色に変わり、ただそう答えた。途端に信長は嗤い「そうか異端か」と返した。


「なれば貴様らも儂が異端なら火あぶりにするか?この魔王を!」
「い、いえ。その様な事は決して…」
「儂は全てを凌駕する魔王よ!その女が魔女で英雄であったと同じ様にな、貴様らの話す話は興味深い、しかし自分たちの都合に合わせる話が存在しているのも事実」


 急に興奮した様に話す信長に慌てる様釈明する伴天連、酷く滑稽な図であった。


「お兄様、その辺りで御止めくださいな、脅えてしまっております」
「む、市か。お前も此処に来て話を聞け。異国には真に面白い話が多いぞ」


 興奮はしても怒ってはいない信長にほっと胸を撫で下ろし伴天連は市に頭を下げた。


「お兄様」


 魔王すらも恐れずに諌める市の姿に伴天連の男は呟く。


「マリア様…」


 陽光を背に受けるその姿は聖母に似て見えたのだという。男に産まれれば英雄、女に生まれた為に聖母の様な慈しみを抱いたのかもしれない。心中で呟く男の言葉は誰に聞かれる事もなかった。

 

 



(了)





zerone Chien11



-エムブロ-