SsSの処方箋


Rudbeckia
2015.2.8 03:32



*Cock Robin



「室長!お待たせしました!」



待ち合わせ時刻には遅刻せずに着けたが、上司の方が先に待機していた。体育会系の身としては心苦しい。



「おう、おはよう」

「おはようございますっ」



都内某所の文化会館。
数年前に改築されたばかりの煉瓦造りのこの場所に、多くの警察関係者が集まっていた。



「年末のクソ慌ただしい時期にこんなことする意味あるんすかね?」

「そう言うなよ。いろいろ建前があるんだろうから。それよか日向、今日は終わるまで気張れよ?」

「何ですか、急に。殺害予告でも出たんすか?」

「ある意味お前のな」

「え、俺っ!?」



知らない内に命を狙われていたらしい。平々凡々ないち刑事を捕まえて殺害予告とは。



勿論、そんなことあるワケない。



「刑事部長がお前に会いたがってたから、俺の同行で連れてきたんだよ。くれぐれも大人しくしてろよ」

「ああ、そういう……って、刑事部長!?何で俺に!?」



笠松室長の更に上の、そのまた上の上司。言わば天上人である。写真でしか見たことがない人物が、直々に俺に会いたいとは、意味が分からない。



「本意じゃねぇが、上司の命令とありゃ断れねぇ。悪いが……頼むわ」

「そりゃ勿論」



媚びるのは苦手だが、顔を売るぐらいはしておきたい。何かの拍子で出世したりなんていう、万が一のイレギュラーがあるかも知れないんだから。



シンポジウムは正午過ぎに始まった。ホールには一般客を含めた三百人強の人間が集まり、サイバー犯罪についてのアレコレを討論していた。



警備要員で来ている身としては、大変つまらない会合だった。
立ったまま寝なかったのが奇跡に近いし、欠伸を噛み殺し続けて、目尻から涙が溢れたほどだった。



小休憩を挟みつつ進められた討論は、四時過ぎに終了した。一般客を見送り、撤収作業にも当然のようにコキ使われる段階で、室長に呼ばれた。



ホールの入り口で室長と並んでいた年嵩の温厚そうな男性。写真よりも老けて見えるが、彼が刑事部長であるのは明白だった。



「やぁ、こんにちは。君が日向巡査か」

「はっ、お疲れ様です」



姿勢を正して敬礼する。
刑事部長はニコニコと穏やかな笑みを崩さずに言った。



「楽にしたまえ。会は終わったし、後は片付けだけだからね」



手を下げて、キッチリ直立する。楽にしろと言われて出来るほど器用じゃない。



「活躍は耳にしているよ。笠松警部の懐刀とね」

「畏れ入ります」

「笠松、彼と話がしたい。少し借りても?」

「……承知しました。こちらのことは気にせず」



チラリと俺に一瞥くれた室長が、礼を取って下がった。こちらを見た彼女の眼差しには同情に近いそれを感じて、若干、指先が冷えた。



「――さて、日向巡査。先の"理髪師"の件、ご苦労だった。笠松にも労いを掛けたが、君にも改めて言わせて貰いたくてね」

「俺…、いや自分と伊月巡査の過去を御存知だったと聞いています。当事者にも関わらず、捜査に当たらせて頂き、ありがとうございました」

「双子の処遇は聞いているかい?」



首を縦に振る。
メディアに発表された内容と、事実は異なる。



三ノ輪紗智と三ノ輪那智、両名の双子の姉弟は9年前に巻き起こした連続殺人事件の被疑者だ。
そして9年の歳月を経て再び世に現れ、一人の女性を死に至らしめた殺人鬼も彼女らである。



だが、マスコミに発表されたのは、双子が"理髪師"の模倣犯であり、裁判は今回殺害された女性の殺人容疑のみとなっている――というものだった。



伊月は『こうなると思っていた』と達観していたが、俺の胸中は見えない不発弾を抱えていた。



嗚呼、だから。
室長は同情の眼を俺に寄越したのか――。



「…………最善手だった…と思います」



絞り出した声は、果たして平静を保てていただろうか。口にした言葉を、自分自身で嫌悪した。



この人は温厚なんかじゃない。
害意を消して首に絡み付いて、人の体温を奪う蛇だ。息が詰まる。



「何故、そう思う?」

「小笠原家の失墜が、我々組織に取ってデメリットに成得るから……です」

「ふむ、頭は悪くないようだな。賢明な判断力もある。だからこそ、笠松が気に入るワケだ」

「………?」

「『こう言えば満足か?クソッタレの陰険上司』――と、眼が言っている。キミと、勿論、笠松も」

「………っ、いえ…そのようなことは」

「そこで視線を逸らしてしまうのは半人前だ。白々しく『お気に障りましたか?すみません』ぐらいは言えるようになった方がいい」


張り合いがないからね、と彼は笑った。室長ならそうするんだろうか。あんな胆力、おいそれと身に付くものじゃない。



「まあ、確認が取れただけでもよしとしよう。日向順平君、キミはね、笠松と同じ匂いのする人間なんだ」

「同じ……匂い…?」

「組織の崩壊を招く爆弾を抱えた火薬の匂い」

「は……?」



意味が分からなかった。
俺が警察組織を破壊するなんてこと……そんな力があるはずない。



首を傾ぐ俺の肩を、刑事部長が軽く叩いた。



「ともあれ君には期待している。職務に励みたまえ」



叩いた肩が、鉛でも置かれたような不快な重さを残した。
去り行く上司の背に思うのは、言い様のない嫌悪感だけだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


中指立てたれ。


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