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いつか夢見た先の話

昨年の秋ごろのイベントでしばらく休むって言っておいたのに。
なんで私まだ活動してるんでしょう…。
詐欺じゃねえか。
本当に申し訳ないです。

とりあえず書きたいのと行きたいイベントとかのためにまた原稿に向かっている私をそろそろ誰かひっぱたいてもいいと思う。
本にしたいと思う話はあれど、私としては大変長続きしたジャンルだと思うので。
いい加減Webに帰りたいなあ…とか思いつつも原稿してます。

イベント楽しいんだけれども私もそろそろあれこれ動かないといけな…とりあえず原稿終わらせます。

そういえば新しいCDでやっと紫組を出さざるを得なくなって内心ガッツポーズです。
しかもハモリパートあるとかなにそれ俺得。

まあ細々しながらもそこらへんに生息しています。
とりあえず八月のトキヤオンリー以降は何も予定してません。

ゆっくり考えます。
原稿は早く終わらせたい希望的観測。

声を上げて、生きてるんだって叫ぶの

最近、私は生きているんだなって、ようやく思えるようになりました。
本当に最近なんですけれどね。

私は物心ついた時から、過剰に気を遣ってました。

昔から寝起きは悪く、それでも家族の前では笑顔でおはようって言ってました。
作り笑いです。

けど、だんだん疲れていって、朝の寝起きの悪さを隠さないようにしたら。
心配されました。
起きて、挨拶もしないで、どうしたんだろうって。

私の本当を知らないくせに、と思いました。
今思えば、悔しかったんでしょうね。

その後もいろいろあって、
我慢しなきゃって思い込むことが増えて、
最終的に、私は求められていないんだ、という結論を出しました。

自分は求められていなくて、必要とされていなくて。
だったら、せめて道具として存在しようと思いました。

私は、私を殺さないといけない。
生きるってことが、分からなくなりました。

荒んでいた時もあったけれど、私は私を殺そうと必死だった。
私は必要ないって思い込みが根強くて。

転機が来て、少しづつ私が、息を吹き返して。
でも、すぐにそれもなくなって。

私は、私の居場所が分からなくなりました。
迷子です。

どこに行ったらいいかわからなくて、彷徨って、
せっかく息を吹き返した私が、しぼんでいく感じがした。
私は求められるべき存在ではないから、居場所がないのも仕方がないのかもしれないって。

そんな時、急に私は、私を求められました。
必死に殺していた私と、押し込めていた本音が衝突して。
大混乱に陥りました。

求められていないはずなのに、求められて。
でも私は今まで自分を殺してきたから、即座に応じることができませんでした。

自分の必要性を探し回っては失敗して。
どんどん混乱は増していって。

でも、その後すこし事が起こって。
正確に言えば起こして。

その時に、爆発したんでしょうね。

押し殺した私が、もう嫌だって喚いた。
殺していた私が、やっと泣きだした。

もう偽るの止めよう、自分を騙すの止めよう。
思うようにやってみよう。
やっていいんだ、私は生きているんだから。

しばらくは、ずっと泣いてました。
子供みたいに、泣きわめいて、
本当は、私は生きたいんだって。
生きて、ここに居るんだよって。

本当は誰より、自分に、認めてほしかった。
私を殺さないでって叫んでいるのを知っていたのに。
湾曲した思い込みで押し潰して。

本当は、私は私でいたかった。
必死に生きていたかった。

だから私は叫ぶんです。
泣くし喚くし迷惑だってかけます。
逆に、
笑うし驚くし感謝されることもあります。


生き方なんて人それぞれで、私も未だに分かってなんていないけれど。
私はやっと、息をし始めた。

生まれ変わったわけじゃない。
やっと生まれたんだと。
私は解釈しています。

だから、近頃になって、ようやく。
私は生きているんだなって、思えるようになりました。

何かが急に変わったわけではないかもしれないけれど。
どうしてか、すごく、ほっとしています。


毎日、随時、自分を押し込めても。
いいことなんて何一つないのに。

生きてるのが嬉しいって思うのも、本当はすごく不思議なんです。
当たり前であるべきことなのに。

目が覚めて、呼吸して、
今日も私は私ですって思う度に、
よかったって思えるようになりました。

私は今、生きてます。

時々、私を殺さないでって叫ぶ私の声を聞きながら。
残された私が息をしています。

そんな日々。

三十六計逃げるに如かず

原点回帰、と申しましょうか。

先日、母校に行ってきました。
その日まで、一部を除き、私は全体的にネガティブな状態だったので。
このまま消えてしまいたいな。溶けてしまいたいな。
そうぼんやり思っていたんですが。

まあネガティブの要因をなんとかしたくて、
今でも相談させてもらってる方にお会いしてきたんですが。

あの人やっぱ人間じゃないと思う。
という結論。

無駄話もたくさんしたんですけど、ネガティブになってる問題はさらっと提案を出して頂いたので、なんか速攻で解放された気分でした。
本当に何者。

もしかしたら関東方面に引っ越すかも、みたいなことを以前から口にしては居たのですが、それはなくなりそうです。
東京に通う、みたいな形に変更します。
わざわざ引っ越すまでもないですし。

で、以前も書いた八つ当たりの話なのですが、
八つ当たりされそうな時はどうしたらいいですか?
って聞いたら。
逃げるね。
って返ってきたんです。

ごもっともなんですけど。
私はどうしてか不思議に思ったんですね。

もし八つ当たりをされたら、その場から離れる。室内なら外に出るとか。
確かにそれも分かります。
留まっていていいことありませんし。

ただ補足もいただきました。
私は今まで、きっと逃げることをあまりしてこなかった。
逃げちゃいけないと思ってた。
そういう人は自分を追い込んでしまうよって、典型的な例なのかなあと思いつつ。
間違っていない(むしろ図星)だわ。あちゃーって感じでした。

他にもいろいろ話したんですが。とりあえず、

逃げてもいい。

ということを覚えました。
逃げることは、別に恥ずべきことじゃないんだなって、なんかすんなり収まってしまいました。

野生動物だって、危険を察知したら逃げるじゃないですか。
その危険にむやみに立ち向かっても、ストレスになるだけだって。

そもそも立ち向かうものが違うのかも、とも言われました。

私がアクセサリーを作るのは自分がやりたいことだから。
自分のやりたいことに、自分自身に、立ち向かっている時です。
アクセサリーで失敗したのができても、あー分解するか、くらいの気持ちです。
これは、立ち向かって負けた例。
自分のやりたいことをやって失敗したけれど、全然ダメージ受けない。

でも、自分がやりたくないこと、に立ち向かう時。
ストレスっていうダメージくらうわけです。
負けてしまったなら、なおさら追加ダメージを受けるわけですね。
なんてこったい。

とりあえずしばらくはちゃんと呼吸ができそうなので安心しました。
別に呼吸器官がやばかったわけではなくて、例えです。
あしからず。

人の上にも人の下にも人はいない。

身内が仕事関係でうまくいかなくて、最近ずっと、私に八つ当たりをしてきます。
理不尽なことしか言いません。
どうせお前はうまくいかないんだから、そんなのやめてこうしろ、とか。
意見を押し付けて、いかにも自分は正しいんだ、家のことを考えているんだ、みたいな態度とります。

私は末っ子で、幼少時よりキョウダイからいつもいじめられてばかりで、当時は理由もなく責められて、どうして自分ばっかりって泣いているだけでしたけれど。

今は違うんだなーはっはっは。

不安だから、自分より弱者(と思い込んでいる人間)にあたっているだけなんですよ。
職場のストレス全部とは言わないけど。
ある程度は外で発散してから帰って来るべきだと思いますね。
家で誰かに話すことで、向上できるものもありますけど。
それをあたり散らして解決とか。
あんた子供かよ、昔とやることかわってないよ(笑)

もちろん私は自分が身内より弱者だと思ったことはありません。
むしろ私にぐちぐち言ったって解消されないっていうのに、律儀に不満を言う身内は馬鹿だなあと思いますね。

昔は親に泣きついていましたけれど、今は親と会話して意見を話し合えますから。
家のこと考えてるって意見を論破してあげましょうか?
私が弱者だという思い込みを論破してあげましょうか?

いつまでも私を弱いからって思い込んでいると、いつかしっぺ返しが来ますよ。
知ったことではないですけれど。

私は強くない自信があります。
強者ではないし、強者になりたくもありません。
ただ強気になることはできます。

また弱くない自信もあります。
弱いのは、自分が自分を弱いって感じている時だと、私は考えます。
ネガティブ全開で私はダメな子だって思い込んでいる時は、きっと私は弱いのです。

けれど、誰かにそれを決められるというのは、おかしいことだと思います。
職場での上司や後輩の関係はありますけれど、上司だから強いというわけではない。
あくまで決定権やら諸々があるだけです。

まあ、上司なんだからと職場でストレスを当たり散らす人間は少なくありませんが。
私にとってみれば、そんな人間こそ、自分が弱いのを必死にかばっているように見えますね。

子供がグループのいじめに合うのも、原理は同じだと思います。
自分は強いんだって思わせるために人を集めて、いざそれが瓦解するともろいものですよ。

いじめに合う子が、実は一番、耐え症のある子なんじゃないかなと思います。
グループ中心の子が、その子に敵わないって思うから、なんとか人の城壁を作ろうとするんです。
その子は外壁がなくたって生きていけるから、うらやましいだけ。

そういう子供のストレスも、親からきてるんだろうな。
親がストレス抱えてると、子供に、妹か弟が居るなら次にそこへ。
家庭が安定しないと、どうにもね。

とりあえず誰かにあたる前に、枕でも叩きつけてなさいよ。


私はさっさとリレーマラソンに逃げます。
病み上がりだけどな!
所詮は風邪よ。
いつかは過ぎ去りしものよ。
…たまにぶり返したりするけど今までそんな経験ないからきっとないって信じてる。

麦粒腫

最近は前より免疫落ちてないと思ったんだけど、なる時にはなります。
こんにちは黄色ブドウ球菌。

本日、物心つく前からお世話になっている眼科さんに検査してもらったんですが、やっぱりものもらいでした。
移れーと自宅で家族にうざいくらい呪詛のように唱えていたんですが、移るなんて嘘ですしね。

で、まあ目薬いただきました。
白血球が頑張ってくれているらしく、昨日よりは痛くなかったですが、やっぱり抗生物質どかんしないと悪化する可能性無きにしも非ず。

昔からお世話になっている先生のところなので、先生が私の遠視が治ってきてるの感心してました。
最悪、弱視で生活しなきゃいけなかったかもしれないのだそうです。
遠視はもともとなんですが、弱視もあったらしく(幼少時の子供がなるやつ)、左右の視力に差が出るのを防止するために眼鏡をかけていたんだそうです。

小さい頃から遠視用の眼鏡かけていまして、まあ当時の私の最優先事項は遊ぶことでしたから(笑)
遊ぶのに支障はないので特に気にしてはおらず、意図せず眼鏡を忘れることはあっても、眼鏡自体は嫌に感じなかったんですよね。
眼鏡嫌がる子供もいるからって聞いて、ああそっか、と思いまして。
私は考えるの放棄して唯々諾々としていただけなんですが。

先生いわく、とてもいい傾向で遠視がなくなっているのだと聞きました。
弱視もほとんど心配はないそう。

小さい頃の自分なんてよく覚えていませんし、そんな考えて行動してもいないから、聞いていて他人事みたいな感じはありましたが。
すごくいい経過で遠視がなくなっている例なんだよって先生に言われて、ちょっと嬉しかったです。

覚えてない頃のことですけどね!

ああ、でも一度、ヘルペスが目にきて失明するかもしれないってヤバイ時があったらしいです。
私はヘルペスだったとは記憶していませんが、自分の目が真っ赤でびっくりしたことと、初めての目薬がちょっと怖かったことはよく覚えてます。

後になって、おまえ失明するかもしれなかったんだからなー!って身内に言われて、まじか、ぐらいの認識。
子供のころに言われても謎すぎて理解できなかったでしょうけど、今思うといろいろ意味があったんだなーと思います。

あれはああだったんだ、とか、これはこういう意味があったんだ、とか。
昔話してるとなんでかそう言うものばっかり掘って出てくるんですよねえ。

とりあえず先生が嬉しそう?感心?していたので、あれ?ん?ありがとうございます?みたいな感じでほげほげ診察終えました。
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