徒然帳
category:茜色の記憶(設楽夢)
茜色の記憶(第六十八章-1)
4月22日 22:07
「沙彩が完全にこの世界の人間になるための条件って、何?」
兵助からそう問いかけられ、沙彩は一瞬呼吸を止めた。
“ちゃんと選んで”
希夕の言葉が、脳裏に甦る。
解っている。
選ばなくては、いけないこと。
そしてそれはもう、目の前に迫っていることも。
兵助の背に回す腕に、力を込める。
そして、覚悟を決めて、口を開いた。
「条件は……記憶」
「…………記憶?」
怪訝そうに問い返す兵助に、沙彩が微かに頷くことで肯定を示す。
そしてさらに、言葉を続けた。
「この世界の人になることを選んだら……前の世界の記憶が少しずつ、少しずつ消えていくの」
「っ」
兵助が、息を呑む気配がする。
それを感じながら、沙彩は希夕の言葉を思い出した。
『一気に全部、消えてなくなるわけじゃないんだ。さざ波が砂浜の砂をさらっていくように、何年もかけて少しずつ少しずつ消えていく。けれど、この世界の生まれじゃないこと。条件に記憶を渡したことは忘れずに覚えたままになる』
それはきっと、何もかもを忘れるよりも辛いこと。
記憶はないのに、記憶をなくした事実は理解している。
両親のことも、“向こう”の友達のことも全て忘れてしまう恐怖。
けれどそれでも、兵助から離れてしまうことだけは、どうしても嫌だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
お待たせしました……
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