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Doctor,Doctor (1and2 as other one)


この先を、見ないために。


[Doctor,Doctor]


混乱をやり過ごせば、存外脳は冷製だった。
眼前に散らばる元は人間だったものも、形をなさない塊たちの中で尚も何かをしている彼も。

綺麗だ、と思った自分に鳥肌が立った。

確かに自分もヒイロも、人を殺す事には慣れきっている。
けれどもそれは飽くまで戦争の中での話で、決して利己的に、まして愉悦の為になされるものではなかった。
殺したくなどない、ただ終わらせるための戦いを続けていて、その中で敵になってしまった命だけは仕方ないと割りきってきた。
そのはずだった。

だというのに、何だ、これではただ遊んでいるだけではないか。

「……ヒイロ」

名前を呼ぶ。
聞いていない聞こえていない、きっと認識すらされてもいない。
今のヒイロには、何も届かない。

「守るんじゃ、なかったのかよ」

それでも訊かずにはいられなかった。
だってその人は、――。

「愛していた」
「愛していたんだ」
「これ以外に何ができる」
「こんな事でしか、俺は」

脈絡のない呟きは、きっと誰に宛てたものでもない。
つい数時間前まで生きていたその人に宛てたものでも。

「ヒイロ」

これ以上は、見たくなかった。
もう誰も殺さない、殺さなくて済むと安堵した仲間の、行き着いてしまった答えなんて。

「…、……デュオ」

だからかつてのように呼ばれた名前も、その声も、脳が都合よく作った絵空事だと振り払った。


「 、ヒイロ」


(大丈夫、戻ってなんてこなくていいから、)



==========

MICHEL SCHENKER GROUPのDoctor Doctorを聴いていて、ふと思いついた話。
決してクイーンが嫌いなわけではないんです。

Livin', lovin', I'm on the run
Far away from you
Livin', lovin', I'm on the run
So far away from you

生きるため、愛するため、俺は逃げる。
お前から遠く離れて。
生きるため、愛するため、俺は逃げる。
お前からずいぶん遠く離れて。


(逃げたのは誰で、愛されたのは誰?)


2015.06.29

桜花爛漫 (私から、一志へ。)


貴方の紡ぐ言葉の優しさに、見護られて歩いてきた。
未来なんていつもぼやけていて、曇り空みたいに憂鬱で。
それを隠してくれた貴方はもういない。
だけど、だから。
永遠に響いてほしいと願う。
貴方の作った歌を歌う、下手くそな私の声が。
迷走していた頃、いつも私の周りに吹く風は冷たかった。
還る場所が何処かも解らずに、彷徨って。
ただ今日が終わるのを、時間が過ぎ去るのを、私じゃない私が見ているような、そんな感覚だった。
癒えない痛みを、言えない痛みを抱いたまま、声にならない悲鳴を貴方の歌で昇華して。
俺達が居場所になると言った貴方の言葉に救われながら、見ていてくれると途方もない希望を持ちながら、ただ明日を待っていた。
希望や未来なんて光はまだまだ私には遠くて、ただ薄い日の光が照らす道を探しながら、求めながら、毎日を生きた。
今は違う。
貴方を失った痛みは、悲しくも苦しくもある。
けれど今度は空で、遠い何かに向かって歩く私達を笑って見ていてくれると信じられるから。
貴方に届けるために、歌う。貴方が愛した歌を。
まだ完全に吹っ切れそうにはないけれど、どうにか前を向けそうだよ。

果てない夢を教えてくれた貴方に、
今なら言える。

ありがとう。


==========

一志へ。

レミング・ハート


特に理由があるわけでも、何かに絶望しているわけでもない。


[レミング・ハート]


何の不満も不安もないのに突然「死にたい」なんて言ったら、やっぱり普通は驚くだろう。
というより、大概そんな人間はいない。
世の中の自殺者の数がどうとかそんなものに大して興味はないが、きっとそいつらには理由がある。
理由なき自殺願望。そんなものが存在するのかと聞かれそうだが、でも存在するのだ、そんな奴が。ここに。

例えば気持ちよく晴れた日の授業中。
窓から外を見ていると、無性に死にたくなる。
例えば友人とコーヒーなんか飲みながら談笑している真っ最中。
「死にたい」が突然ふと頭をよぎる。

「おまえバカだろう」

いつもの如くぽそりと「死にたい…」と呟く俺に、親友兼悪友は呆れ気味に言い放った。

「バカはないだろうバカは」
「バカ以外に何と言うんだバカ」

言われてみれば、確かにバカかもしれない。それは多分まともな思考だ。
それもそのはず、ついさっき珍しく手に入れたレアモノの学食特製とんかつ弁当を昼飯に、旨い旨いと無駄に誉めながら飲み込んだばかりなのだから。

ふと黙って、空を見上げる。
場所は屋上。
空は快晴。
絶好の飛び降り日和だ。

「……わーっバカ!!バカバカバカバカバカ!!何やってんだ馬鹿者っ!!」

フェンスに足をかけて身を乗り出して下を眺めていたら、親友兼悪友─名をアキラという─に怒鳴られた。
ついでに掴んで引き戻された。
…今はそんなつもりなどなかったのだが、誤解させてしまったようだ。

「死なないぞ俺は、少なくとも今は。…だからそんなにバカバカ言うなとゆーに」
「死にたいなんて言ったそばからそんな格好してたら誰だって誤解するだろザルバカ!!」

やたら荒い息をつきながら、今度は殴られた。けっこう痛い。
一瞬ザルバカが何なのか考えたが、……そうか「すくいようのないバカ」か。

「おまえねえ」

7の数字と星のついた四角い箱から煙草を一本取り出して、アキラが溜め息をつく。
ここは一応高校で、ついでにわりとその辺りの校則には厳しかったはずだが、アキラの喫煙癖は入学以来なのでもう見慣れた。
そしてこいつはやたらにそういう事を隠すのが上手い。一度として怪しまれてすらいないのが何よりの証拠だ。
だから今更注意もしないし、俺はこいつの真面目を装った不真面目さはわりあい嫌いじゃない。
ぶは、と盛大に煙を吐いて、唐突に質問を投げかけてきた。

「なんか不満でもあるわけ?俺とか学校とか今の社会とか」
「いいや別に」

なんだか至極在り来たりなことを聞かれた気がする。今まで聞いてこなかったというのに、何なんだ一体。
ついでに言わせてもらうなら、どうして俺はアキラに不満があるなんていう阿呆くさい理由で死にたくならなければならないのか。
いや、理由があるだけまだいいのだろうか。

「あーのーなあっ…」

カンノムシでも湧いたのか頭をばりばりかきむしって床に沈む。
くわえ煙草のままだ。

「制服が焦げるぞ」
「おう。熱かった」

言って、火傷したらしい右手をひらひらと振って見せる。
…言わんこっちゃない。
アキラより制服の心配をする辺り、やっぱり俺の思考は人とはズレているんだろう。

「おまえ、痛いのとか苦しいのとか好きか」

寝そべった態勢から唐突に起き上がったかと思えば、今度はそんな質問。
答えはノーだ。痛いのも苦しいのも御免だし、死ぬにしてもどうせ死ぬなら一瞬がいい。

「そんな訳がなかろうが」
「あー……うわもう、釈然としない!!」

またばりばりと頭をかきむしる。
禿げないか少し心配になってきた。

「釈然としなさすぎて禿げそうだ」

何気なく聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。
なんだそれは俺のせいか。断じて違うと否定できないくらいには、俺はアキラの友情を信頼している。

「あ、解った。あれだ、おまえはネズミだ」

また唐突に。
どうにもこいつの話運びが、付き合いが1年半になっても俺には理解できない。

「バカの次はネズミか。何が言いたいんだお前は」
「違う。いや違わないんだけど、そうじゃなくて」

言って、アキラは煙草の灰で床に直角に曲がった線を書き出した。

「こんなガケがあるだろ」
「あるかそんな直角のガケが」
「うるさいガケだと思え無理にでも。例えばだ例えば。…そんで、ネズミがいるだろ」

そう言って、今度は点を打つ。
何がしたいのか、さっぱり解らん。
とりあえずこの点がネズミを表しているらしい事だけは理解した。

「そのネズミがな、レミングっつーんだけど。そいつらが突然このガケからこう」

今度は点を直角の下に向かってぽつりぽつりと打っていく。

「飛び降りるわけよ」
「なんだそれは」
「さあ?」

二本目の煙草をくわえながらアキラは両手を広げてみせた。
到底解らない。

「自分で解らん話を持ち出すな」
「俺が解んないんじゃないって。専門家も解んないんだってさ」
「飛び降りる理由が?」
「そ。増えすぎたネズミの数減らすためだとかオスの度胸試しだとか言われてるみたいだけど、結局何も解ってないんだってさ」

理由もなく飛び降りるネズミと、理由もなく死にたがる俺。
ネズミの理由は解明されていないだけだが、なんとなく似ていなくもない気がする。

「だからー…その、あれだ、本能?…そんなもんなんじゃないの?」

フロイトのおっさんによれば人間みんな死の本能とかってのがあるらしいし、とアキラは笑う。
本能。
確かにそれなら説明がつく。…ような気がする。
無理矢理こじつけられているような気も、しないでもない。
ぴ、とまだ火の点いていない煙草を俺に向けて、さも名案を思いついたような仕種で頷きながらアキラは言う。

「よし、今日からおまえはレミングだ」
「何でそうなる」
「意味するところは死にたがり。直で言われるよりマシだと思え」
「納得いかん」

寧ろこんな説明で納得しろという方が無理だ。

「じゃあバカと比べてみたらいい」

どうやらこの悪友は、どうあっても今俺に妙なあだ名をつけたいらしい。

「解った、もうレミングでいい」

納得してやるしかない。
そうそう意志を曲げないヤツなのだというのは理解しているつもりだ。
バカと言われるよりは確かに聞こえはいいし、何より何となく響きだけは気に入った。
レミングの本能。…悪くない。

「んじゃ決まり」

アキラの返答と被さるように、昼休み終了5分前のチャイムが鳴る。
靴の先で煙草をもみ消して立ち上がりながら、でもな、とアキラが真剣な顔をした。

「人間にはな、死の本能の他に生の本能ってのも存在すんだ。俺なんかは生の本能の方が強いから死にたいとは思わないけど」

そこで言葉を切って、よっ、と親父くさく立ち上がる。

「逆のヤツだってやっぱいると思うわけよ、俺は。でも、」

吸い殻二本をゴミ袋に突っ込み、まだ座ったままの俺の前に屈み込む。

「おまえが死んだら俺は泣くぞ。みっともなく泣いてやる。そんでおまえと付き合ってたって言い触らしてホモになってやる」
「…ホモは御免だ」
「だったら死ぬな。死にたがっていいけど死んだらおまえはホモだ」
「冗談じゃない」

こいつの言葉は、どこまでが本気でどこまでが冗談なのか解らないから怖い。
まだ死ぬつもりはないが、自殺でもした日には死後に俺の悪名を本当に立てかねない。
ゴミをまとめたアキラが、屋上のドアに向かって歩き出した。
のそのそと俺も後に続く。
何となくさっきの会話を思い出す。
そうしたら俺はなにが可笑しいのか笑えてしまって、それにつられてアキラまで笑い出した。
無意味に爆笑しながら廊下を歩く男二人。
何だかんだ、俺はこいつに救われているのかもしれない。
俺をバカだと言うのなら、ベクトルは違うだろうがアキラも大概にバカだ。
何せ、入学以来飽きもせずにずっとつるんでいる。
恥ずかしい上にホモの話題がまた浮き上がりそうだから言わないが、ありがとうなんだか好きだぞなんだかよく解らない感情をこいつに大してふと抱いた。

それ以来、俺は今まで程レミング・ハートにとりつかれていない。
レミング・ハートというのは俺の造語で、原因不明の死にたがりのことだ。
アキラの言葉のお陰なのか、レミング・ハートの原因がひとつ解ったからなのかは解らない。
だが死にたいと呟く回数は、確かに前より減った。…と思う。

「あー…コーヒーが旨い、死にたい…」
「このくそバカレミングが大仏にするぞ根性焼きで!!」

まだ厄介な感情は時々付き纏う。理由もなにも解らないまま、結局は何一つ解決していないのかもしれない。
それでも、こんな日常はまあ悪くない。
そう思う俺がいることだけは、確かだ。


==========

さっきので最後だと思ってたら肝心のレミングを送り忘れてたっていうね。

貯水槽


届かない思い、届かない声
流した涙、水槽に水を貯めるみたいに
心の中、冷たく満たす


[貯水槽。]


「ユウリ」
帰り道、二人。
いつもみたいに横並びで歩く、あたしとハル。
いつも通りにあたしを呼ぶ、低めのハルの声。
振り向くあたしも、いつもと同じ。
この『いつも』が辛くなったのは、いつからだっけ。
『いつものあたし』を演じるようになってから、どれくらい経つんだろう。
思い出せないくらい前だった気もするし、ごく最近のような気もする。
要は、すごく曖昧。
でも、どうしてこうなったのか、原因だけははっきり解る。

あたしは、ハルが好きなんだ。


幼なじみで、従兄妹。
それが、あたしとハルの関係。
小学校も中学校も一緒、高校も別に相談したわけでもないのに、同じ学校。
あたしより一日だけ早く産まれたハルとは、小さい頃からずっと一緒だった。
おばさんやおじさん達から『双子みたいだ』と言われるぐらい、あたしとハルは仲が良かった。
家が近いこともあったけど、あたしはずっと小さな頃からハルが好きだったんだと思う。
それは、何でも話し合ってたハルとの間にあたしが持った、
小さくてちょっと痛い、ひとつだけの秘密。


ハルがあたしを恋愛の対象として見てないのは、知ってる。
去年の夏からハルには年上の彼女がいるし、
『妹みたいなもんかな』って友達と話してるのも聞いた。
嬉しそうに付き合った時の話やデートの話をするハルは、笑顔で頷いてるあたしの心中なんて、知らない。
一人になってから、苛立ちとやり切れなさに毎回泣いてた。
それでもハルの前では、いつもの明るいあたしのまま。
演じれば演じるだけ、見えない涙が貯まってく。
ハルといる時間が大好きなのに、同じくらい…ツライ。


「…ユウリ、何ぼやっとしてんの」
軽く、叩かれた。
何気ない仕草で覗き込むハルが愛しくて、…ちょっと 憎い。
また泣いてしまいそうになるけど、
「んーん、何でもないよ」
我慢して 作り笑い。
そっか、って少し笑ったハルが、何だか眩しい。
彼女ならもっと心配してくれるのかな、なんて
またドツボ。
浮いては堕ちる、を繰り返すあたしに。
次の一言で、ハルはあっさりと爆弾を投下した。

「俺な、彼女にプロポーズされたんだ。
高校卒業したら結婚しようって」


「……へ、ぇ」

次の言葉は、なんだっけ。
良かったじゃん?おめでとう?
早く言わなきゃいけないのに、
…喉に引っかかって、声になってくれない。
だめだ。
これじゃだめだ。
こんなの、ハルの知ってるあたしじゃない。
「ユウリ?」
……このままじゃ、あたしは秘密を打ち明けてしまう。
「…ごめん、やっぱちょっと具合悪いっぽい。…先帰るね」
背を向けて、走る。
今までずっと頑張って来れたのに。
『ハルが知ってるあたし』は、壊れてしまっただろうか。
気付かれてしまっただろうか。
背を向ける前に一瞬だけ見た、戸惑った撫ェいつまでも離れなかった。


夜。
部屋にこもって、また泣く。
いっそ気付かれてもいいと思った。
少しだけ、期待もしてた。
何かが変わることを。
(…嘘だ。本心は、あたしを選んでくれること。)
でも。
『今日どうした?俺、何か怒らすようなこと言った?』
ハルからの、メール。
やっぱり 気付かれてなかった。
『ううん、ほんとにちょっとだるかったの。今はもう大丈夫。』
考えて考えて、返信。

あたし、ハルが好き

無意識にそう打ってしまいそうになる指を、何度も宥めて。
それから、
『プロポーズ、良かったね。おめでとっ』
付け足す。
これで、秘密を打ち明ける機会はもうなくなった。
送信完了、の文字に
初めてハルのことで、声を上げて泣いた。


次の日から、また『いつも通り』が始まる。
ハルは相変わらず嬉しそうに彼女のことを話し、あたしは横で笑顔。

見せない涙が貯まりすぎて、泣いても泣いても追いつかない。
心に貯まってあふれ出して、そのぶんしかもう泣けない。

言ってしまえば良かった。
(今の時間が壊れるのが怖かった。)
……言わなくて、良かった。
どっちなのか、解らない。
やっぱり、すごく曖昧。

これからも、あたしとハルは幼なじみで、従兄妹。
変わらない。
(変われない。)

心の貯水槽も、
たぶん ずっとこのまま──。


==========

フォレストノベル、最後。
こっぱずかしいので修正してません。

奥州記


ほら、せんべい食い散らかしてないでこっち来い。
退屈なんだろ?ひとつ話でもしてやるよ。
今から話すのはな、互いを語るには互いが不可欠だなんて言われてた主従の話だ。
知ってるか?…そうだよ、俺の従兄弟とおまえの父上のこと。
よく聞けよ?長い話で疲れるから、俺は一回しかしないからなこの話。
……あ、だからせんべい食い散らかすなって左門馬鹿おまえこの。


[奥州記 1]


だからどうしてそう生真面目なんだおまえという奴は。
目の前の隻眼は心底嫌そうに溜め息をついた。
俺の隣にいる、生真面目の塊のような男に向かって。

「貴方が軍略を無視した行いさえしなければ、私はこれほど長々と戦場の心得を説いたりなど致しません」

聞いておいでですか、と目ばかり光る異様な表情で主に迫る、この男。
仮にも隻眼の臣下、……のはずだ。
うん。臣下だよな。そのはずだよな。梵、てんで弱いけど。
いや、いい。そんな事はどうでもいい。
問題は何故俺がここにいるかであって、そしてどうやって逃げ出すか、だ。
とりあえず俺は、景が梵のほうを向いている隙に逃走を試みる事にした。

「どこへお行きか、成実殿?」

……が、それは景の全く抑揚のない声にあっさり阻止された。
……って、俺関係ないじゃねえか。

「我関せず、ではありません。貴方にも責任はあるのですよ成実殿。大体殿の軍略無視は……」

そしてくどくどがみがみと説教は始まる。
とりあえず聞いたフリだけしとけばいいか、と俺は右耳から左耳へ流し素麺の要領で景の説教を聞き流すことにした。

説教の流し素麺をしている間に、簡単な説明をしておこうと思う。
俺は伊達籐五郎成実。奥州の頭、伊達政宗の従弟だ。
で、今口から魂抜けそうな顔して伸びかけてる、臣下に言い返す余力もないのがその伊達政宗。
呼ぶ人間はほとんどいないが忌み名は籐次郎という。
ちなみに俺が呼ぶ梵ってのは幼名の梵天丸から来てる。これも、呼ぶ人間は少ない。
そんでこの鬼神紛いは、片倉小十郎景綱。大殿、つまり梵の父上や梵に信頼されてる腹心のひとりだ。
普段は夕凪みたいに穏やかな癖に、一度怒ると豹変する。…そう、こんなふうに。
鬼と仏が住んでんじゃねえか、と疑いたくなるし俺は実際疑ってんだけど…逆鱗に触れると恐ろしいからおくびにも出さないように心がけている。
ちなみに俺だけじゃない。
そしてこの説教の原因は、景の軍略を梵が無視してつっ走ったことにある。
何度となくぶつかってきた甲斐武田との、もう何度目かもわからん戦。
相手の手勢を減らす為の戦と景が言ったにもかかわらず、あろうことか梵は一人で敵陣に突っ込んでいったのだ、……ちょっと目を離した隙に。
(なにかを察したらしい武田は本陣を退いていて、結局梵は空振りで帰ってきたわけだが。)
それが景の不興を買ったらしい。

怒りたい気持ちは解る。よく解るんだけどさ、景。
梵が酸欠になってるぞ。

じゃなくて。
そうだ、止める人間俺しかいないんだった。

「景、景。いくら梵でもそれ以上やったらさすがに死ぬと思うぞ」
「ここで死んだら殿がその程度の方だったというだけの話です」

……。
主君殺しの汚名を被る気か、おまえは。
それ以前に景の半笑いを直視しながら首まで絞められてたんじゃ人間は普通にぽっくり死ぬだろうよ。

「成実…奥州は、任せ…た……」

嬉しいけど嬉しくない台詞にふと目をやれば、梵が泡を吹いて脱力していた。
そろそろ本気で止めなきゃまずいか。
できればやりたくねえんだよな…でもやるしかない。
行け俺、頑張れ俺、恐れるな俺。
……これも伊達家と奥州と天下と梵と平和の為だ、すまん、景!!

「ていっ」
「ぐっ…」

成実様流奥義、急所に本気の一撃。
……俺じゃなくても使える奥義だが。
それは置いておいてくれると有り難い……と。その前、に。

「梵ー?息してっかー…?」

血の気の失せた顔して身動きひとつしないと、些か不安になってくる。
景も似たような姿で倒れているが、景なら大丈夫だろう。何の根拠もないが。

「梵ー」
「……三途の川の向こうで父上が呼んでた」

ちなみに大殿はまだ生きている。

「梵、大丈夫か?」
「あー…おー…」

それまでへなへなと昆布のように伸びきっていた梵は、ふと景に目をやった瞬間に全ての生気を取り戻した。
と同時に、豹変した。

「誰だ間者か!小十郎はどうした!!言え!!何があった吐け!!」
「何って成実流奥義で主君を助けただけだけど…」

この後の反応が怖い。間者を逃がしたとかなんとか言うより怖い。
逃げ出す体勢でもとっておこうか。

「貴っ…様…成……!!」

地の底から響くような声で俺の名前を呼びながら、刀を鞘ごと横一閃に薙ぐ。
飛んできた鞘を交わしつつ、梵の総攻撃を受ける前に俺は全速力でその場から退散した。
……つーか、俺何も悪くねえ。少なくとも俺はそう思う。
梵の管理は景の仕事と今まで決まってたし、俺が景に成実流奥義をぶち当てていなかったら今頃梵には迎えが来てただろう。
完全に、貧乏籤だ。
というより何なんだ、政宗主従。
二人して俺に当たりやがる。
そんなに俺が嫌いか、そうかそうか。
じゃあ俺はだいぶ早い隠居でもすっかな。
梵も景も俺の有り難みに気付け。
そして敬え、馬ー鹿。

いやでも隠居はさすがにまだ早いし、とりあえず家出でもしてみるか……


『平和な生活をください。』

その後三日三晩程姿を消した成実の自室には、そんな書き置きが残されていた。
伊達主従はこれに反省し、帰ってきた成実をそれは温かく迎えたという。
その態度が三日で終わるという予想をしていたにしろ、少なくとも成実はこの時だけは平和だった。……多分。


間抜けとか言うな左門仮にも烏帽子親に向かって。
いいか、とにかくだ。教訓一、景、あー、お前の父上を怒らせるな。
で教訓二、ぼ……大殿の前で父上に逆らうな。いいか?
この家で楽に往生したかったら絶対にこれだけは忘れるなよ。
いいな?

あ、だからお前せんべいをまた……。


==========

フォレストノベルより。
続きもので書いたはずが妙に成実ばっかり目立ってどうしようもなくなった話。
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