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現代パロ 不要な僕らの

【誘導尋問】



「正気か?おい」

「何がだ?」

含み笑いをするその顔は、絶対に俺の言いたいことを理解している。


「…今言った言葉だ。覚えてるだろ」

「俺が何か言ったか?」


完全に弄ばれている。
俺の顔はきっと真っ赤だ

12時までには帰してくれるんだろう?なんて言える神経も持ち合わせていない俺は、並べられた料理を適当につつきながら無言で夜景を観る。…フリをする

こいつと出会ってからの俺は、格好悪いところばかり曝してる
その理由が自分にあることは勿論解ってはいる。が、わざとそんな風に持っていかれていることも解ってる

これ以上口を開いたら何か、余計なことまで言ってしまいそうだ
そんな口は塞ぐに限る。





近くに飛ぶ飛行機のライト
並び、流れるテールランプ
建物に宿る一つ一つの明かり

こんな風に夜景を眺めたのは、何時以来だろう?
隣に居るこいつは、いつも誰とこの景色を見ているんだろう?
無意識に合った目
一瞬しまったとも思うが、今更逸らすのは明らかに変だ

何か話そうと、働かせた頭に浮かんだのはバカ高い琥珀色のボトル
見透かされていたことにも気づかずに、滑稽な猿芝居で元親を騙していた俺
カウンター越しに聞かされた、薀蓄交じりの嫌味と小言。
…ロクなもんじゃないが仕方ない



「…ウイスキーの発祥が密造だったって、あんた言ってたな」

「覚えてたか。だが、それにはまだ続きがある」

「正直あんま興味ねぇがな」

「だろうな。それでもお前は俺の話を聞く、そうだろう?」


…嫌な誘導尋問だ。

嫌な顔をする俺を、気にもとめずに笑う、こいつの意図がまるで読めない
それでも目に映るこの笑顔から、目を放すことのできないでいる俺のこともまるで解らない。

現代パロ 不要な僕らの

【12時までの】



規則正しい足音が止む。
階段を登り、ロッジの入り口で止まる後姿
暗い闇と柔らかな光のコントラストに照らされた顔が、一瞬だけ振り返る

いくら目敏いこいつでも、今俺が思っていたことや思い出していたことまでは読めるはずない。
そう解っていながらも、跳ねる心臓。動揺する






木製の厚いドアの向こうは木の香りに包まれている
柔らかい色のランプと蝋燭に照らしだされた静かな空間。

流れるクラシックと礼儀正しく頭を下げるウエーターに送られ、数えるほどのテーブル席を進んだ先、間隔を空けて並んだ窓の前
窓の下枠につけられたカウンターのような席に促された。

店員と店内に背中を向ける変な座り方だと思ったが、そんな疑問はすぐに吹き飛んだ。

大きな窓ガラス一枚向こうは、何処までも広がる果てしない夜景。
切り立った崖の端にあるロッジからの眺めと夜景との間には、余計なものは何も存在しない
眼下から真っ直ぐに続く景色に感じる不思議な浮遊感

空の上を歩き、下を見下ろしたら、きっとこんな感じなんだろう。
この夜景を楽しむためだけにこのロッジが建てられ、この景色のためにこの窓の席が造られた。
贅沢で、特別な空間



見たこともない景色に見入り、言葉をなくす俺に掛けられた低い声。差し出された一つのグラス


「お気に召したか?シンデレラ」



……あんた今、何つった??

現代パロ 不要な僕らの

【後姿】



何処までも続く沈黙のドライブ
夕日はとうに暮れている。


行き先も告げられず、ただ車に揺られ続けていた俺は、見慣れない風景に辺りを見回す。

環状を降りて暫く走ってきたこの道は、細く狭く街頭もない、どちらかと言うと山道に近い
道を覆う木々は、夜の暗さも手伝って鬱蒼としている

途切れとぎれのガードレールから時々見える黒い川と高い木々が、どんどん下に下がっていく。


聞こえるのはタイヤが踏み潰す石のはじける音と、窓ガラスにあたる小枝の音
時折うなりを上げるエンジン音。
ふと後部座席のハンガーに吊るされた、揺れる白衣に目が留まる

「あんた医者か?」

「そうと言えばそうなるな」

「…意外だな。そんな風には見えないぜ」

「黒いベンツの方がお似合いか?」

「そっちの方がしっくりくる。その頬の傷とかな…もしかして潜りの医者とかか?」

「口の減らないクソ餓鬼だ」


そう言いながら笑う横顔。こんな顔も出来るんだな
口の減らないのはお互い様だが、この笑顔は悪くない。






ようやく辿り着いたそこは、砂利の敷き詰められた広い駐車場
少し奥ばった所にポツンと一つ、オレンジ色のランプに照らされたロッジが佇んでいる。


「着いたぞ」とただ一言残し、車を降りた背中を追う

月明かりだけを頼りに、踏みしめる砂利の規則的な音を聞きながら、目の前の俺よりも遥かに高い背中を見上げた。

跳ねる髪と広い肩
静かに、だけどしっかりと歩く後姿に、あの日の背中を思い出す。

元親を軽々と抱き上げていた太い腕
低く通る声と、頬の傷。
あの時の俺の目は、この男だけを見ていた
あの時の俺の耳は、この男の声だけを拾っていた

今こうして目の前を歩く後姿から、目を離すことが出来ないでいるように

現代パロ 不要な僕らの

【赤い空】



歩道を走り抜け、乗り込んだ高級車
そんな俺を可笑しそうに見ていた横顔
また嫌味の一つでも言われるのかと思い、身構えた俺を構うことなく、走り出した車。


「どこに行くんだ?」

「どこにも行きたくないか?」

「別に…暇だし」

「そうだろうな」


…嫌な男だ。

こいつを待っていた間の顔も、走りだす前の行動も、たぶん全部見られていた
格好悪いことをしたと、今更ながら後悔する。



けれど、それ以上何も言わずにハンドルを握る運転席。
目敏いこいつのことだ、その気になれば何だって、それこそ嫌味のひとつぐらい簡単に言える
何も言わない何も聞かない、この沈黙は、多分この男の優しさだ

…嫌なだけの奴じゃないのかも知れない
凝った細工の施された内装、包み込むようなシートに埋もれながら、そう思う。


一般道を抜け、環状をひた走る
CDの一つもかけない車の中、静かなエンジン音だけを聞いていた。




あんなに見たくなかった景色は、もうずっと遠く
振り返ってもあの景色はもう見えない
振り返ったとしても、あの時のあの場所にはもう戻れない。

流れるこの景色のように、時間は止まることなく流れていく。
何処に心を置き去りにしようが、前だけを見ようが、この一瞬一瞬は、すべて等しく過去になる。

親父が俺に残した最後の言葉
薄情者と罵られた俺に頭をうなだれ、今にも泣き出しそうな声で、それを伝えてくれた従兄弟の背中を照らしていた夕焼け。

あの時の空もこんな風に赤々しい色をしていたと。そんなことを、思い出していた

現代パロ 不要な僕らの

【3つめのスタート】



胸元の振動で我に返る。


「何、ぼけーっと突っ立ってる」

電話越しに響く声
遮断された思考に安堵した。

「あんたか、どこにいる?」

「お前の目の前だ」


震えるほどの寒さはもう感じない。
携帯を離さずに顔を上げた

通り過ぎてく人波の向こう、広い道路の向こう側に停まっているシルバーの外車の運転席
俺と同じように携帯を耳に当てた顔がこっちを見ている

「黒いベンツでお出迎えだと思ってたから気づかなかったぜ」

「減らず口はいい、さっさと来い」



携帯をたたみ、信号を見上げる
縦に並んだ細長の、赤い三角表示は残すところあと3つ。

時間の流れを遅く感じる



残りの信号はあと2つ。

今にも走り出したい衝動に駆られる
どうしてそんなことを思ったのかは解らない



残り1つ。

ゆっくりと息を吐き目を閉じる
左目を開け、真っ直ぐに前を見る



信号が変わる。

前だけを見て、何も考えずに走り出す


目に入るのは、ありふれた景色なんかじゃない
逸らすことなく真っ直ぐに俺をその目に映す、ただ目の前のあんただけだ。


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