昔のこと考えてたら色々思い出したから
忘れないように綴っておこう
死にたくて辛くて仕方なかった17〜19歳
周りの人に頼れず誰にも助けを求められなかった
私はあなたの味方だから、悩みがあるなら相談してね、誰にも言わないからって言った親戚。
親のことを相談したら、あなたが悪いんじゃない?親はあなたのことを心配してるんだよ?子どもを悪く思う親なんていないんだよ?って、こっちの事情を知らないのに、綺麗事を並べられた。
そしてその相談事が親戚中に筒抜けになってた。
親が擁護されて私が排除された。煙たがられた。
助けを求めたくて信頼できる友達に全てを話した。
本気で心配して理解してくれた。温かかった。
でも現実はやっぱり変わらなかった。
誰かに手を差し伸べてほしくて、福祉の相談窓口に行った。
でも児童とも少年とも呼べない微妙な年齢だったから受け付けてもらえなかった。
「家族に相談して話し合ってみて」って。
それが出来てたら相談窓口に行かないよね。
どうにか状況を変えたかったけど、変え方が分からなかった。周りに頼れる大人もいない。
私はずっとこのままなんだろう。自分の無力さを知った。
17、18、19歳の3回の入院で、問題を抱えている子にたくさん出会った。
本当に色んな子がいた。
精神病、摂食障害、強迫性障害、解離性障害、非行、犯罪少年、発達障害、人格障害、その他にも心に傷を負った子にたくさんたくさん出会った。
そこで出会った子達は皆家庭の問題がある子ばかりだった。
言わないだけで、虐待を受けてる子もいたと思う。
比べるものじゃないけれど、私より悲惨な状況の子がたくさんいたんだ。
どの程度悲惨な家庭環境かは、話していれば何となく分かった。
同世代の子も、私より遥かに年下の子も、自力では解決できない問題があった。
私はそれを救いたかった。特に低年齢の子。叫びたくても叫べない子。手を差し伸べてあげたかった。
でも、私は介入出来るような立場ではないし、専門家でもないし、そんな力もないから何も出来なかった。
ただ話を聞いてあげることしか出来なかった。いや、話を聞いてあげることすら出来ていなかったかもしれない。誰にも何も言えない子もいたはず。
自分がもっと大人だったら、子どもを救う力と専門性があったら、そんなことを考えて、助けてあげられなくてごめんねってずっと思ってた。
こんなに近くに、目の前に、崩れそうな子達がいたのに何も出来なくてもどかしかった。
無力だった。
叫びたくても叫べない子、問題を抱えている子、傷付いてる子、そんな子達を助けたくてこの勉強をしていたんだ。
専門性を身に付けて、助けられる力を身に付けて、信頼してもらえるだけの年齢を重ねて、いつかこの子達を救ってやるって。
初心を忘れるところだった。危ない。
今の自分は自分のためだけに生きている。
それじゃあ駄目なんだ。ここまできた目的を忘れちゃ駄目なんだ。
あの子達を救うことは、あの時の自分自身を救うことでもある。
目的を履き違えないで。
ちゃんとやろうよ。
今のままじゃ駄目だよ。
いつまで経っても成長できない子どものまま。
前進しなくちゃ人を救うことはできない。
止まっていちゃいけないんだ。
自分の欲のために生きないで。
人を救うためにあの頃の自分を救うために生きて。